モテ男とデキ女の奥手な恋
「ケーキ食うたら、バスケしよ、バスケ」
 真新しいボールを大事そうに抱えながら、口をもぐもぐさせて栄太郎が言った。
「栄太。ボール置いて食べなさい」
 姉が何度目かの注意をするが、一向に聞く様子はない。
 とにかく嬉しくて仕方ないらしい。
 我が家には、俺が使っていたゴム製のバスケットボールがあったが、公園で遊べるようになった頃から栄太郎の遊び道具の一つになっていた。
 俺が小学生の頃から使っていたボールだから、擦れてほとんど凹凸がなくなっている。
「ごめんね、姉さん。渡すタイミング間違ったみたいだ」
 苦笑しながら隼人がコーヒーを口に運んだ。俺はケーキを食べ終わり、ごちそうさま、と手を合わせる。
「ちょっと、政人。相変わらず食べるの早い。もっと味わって食べてよ」
「味わってるよ。一口がでかいだけ。ちまちま食ったって美味くないだろ」
 俺は唇を尖らせる姉に言って、残りのコーヒーを味わう。
 口の中に残った甘さを、コーヒーの苦みが消していく。
「俺もこれで最後や!」
 栄太郎が最後の一口を無理やり口に突っ込んだ。
「お前はちゃんと咬んで食え。じゃなきゃでかくなんねぇぞ」
 栄太郎が俺に言い返そうと口を開きかけたところで、
「栄太郎。口の中に物を入れて話さない」
 ぴしり、と姉が言った。栄太郎は黙り込んで咀嚼に集中する。
「何でバスケやりたがってんだ」
「そりゃ、あんたの影響でしょ」
 俺が疑問に思ったことをぽつりと言うと、間髪開けず姉が返した。
 眉を寄せて首を傾げる。
「どうして」
 俺がバスケしてるところを栄太郎が見たのは、1度か2度くらいだ。
 近所の公園には、珍しくバスケのゴールが一つ設置してある。
 その公園で栄太郎がよちよち追いかけるボールを横からかっさらい、ドリブル、シュート。
 途中から追いかける対象を失った栄太郎は、悔しがって泣き、俺は姉にこっぴどく叱られた。大人げがない、というのだ。
 そんな風だから、あまりいい思い出にはなっていないだろう、と思っていたのだが。
「私だって、むしろ空手とか、剣道とか、弓道とか、どう、って勧めたわよ。当然でしょ」
 姉は不服げにやれやれと嘆息し、呟くように続けた。
「無自覚に、人を惹きつけるのよね。相変わらず」
 その言葉に、俺は困惑しながら肩をすくめる。
 いや、だいぶ自覚的になったと思っているのだがーー特に女には。
「食うた!政人、行くで!」
「行くでじゃねぇよ。何様だ。第一、寒いだろうが」
「政人がオッサンみたいなこと言うてる!」
「うるせぇよ」
 悪いか。お前からすりゃ立派なオッサンだ、くそガキめ。
「行こうよ、兄さん。久々に1on1しよう」
 爽やかに笑って言うのは隼人。好青年面の無駄遣いだと思いながら、仕方ねぇなと腰を上げる。
「1on1やないで!1on2や!」
「何だそれ」
「俺と隼人兄ちゃん対、政人に決まっとるやろ」
「あのなぁ」
 肩をまわしながら苦笑した。
「俺が負けるわけねぇだろ。見てろよ、ガキ」
「負けへんで!な、隼人兄ちゃん」
 意気込む栄太郎に、隼人は微笑んで頷いた。
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