モテ男とデキ女の奥手な恋
暗くなってゴールが見えにくくなってきた頃、栄太郎はようやく帰る気になった。
帰り道、隼人と手をつないで歩く栄太郎は満足げで、小学校のことなどをあれこれ話している。
俺にもそんな時期があったんだなぁ、なんて思いながら、俺はポケットに手をつっこんで後ろからついて帰った。
家に着くと、外出していた父も帰宅していた。
「ずいぶん遅くまで遊んでたのね。ほら、手洗って来なさい。もう準備できてるから、食べよう」
母が微笑むと、栄太郎は元気よく頷いて、洗面所へ走った。
食卓に全員揃うと、大人は缶ビールで乾杯した後、俺が持参したワインを開けることにする。
栄太郎もジンジャエールで乾杯し、バスケをした話を満足げに父に報告した。じじ馬鹿な父は目を細めてそれを聞き、栄太郎の頭を撫でた。
そういえば、隼人が小さいときにもこういう光景を見た気がする。
隼人が小学校高学年のとき、俺は高校生だった。
どうしても俺と1on1をやりたがる隼人に根負けし、同じ公園で二人、日が暮れるまで付き合わされた。テスト週間で部活がない時など、毎日のように。
転んだり、汚れたボールを抱えたりして、真っ黒に汚れた隼人が、帰宅するや否や、両親と姉に報告するーーその晴れ晴れとした表情。
隼人もセンスは悪くなかったが、あえてバスケを選ばなかった。弓道ーーいや、流鏑馬に惹かれたのが一番の原因だろうが、俺に気を使ったからではないか、という気もする。
優秀な弟は、人の気持ちにも敏感だ。
そんなことを思いながら、みんなで年越しそばを食べ、除夜の鐘を聞いた。
大晦日に全員揃うのは、俺が就職してから初めてのことかもしれない。いや、学生のときも、友人とオールして過ごしたりで結局家族と過ごした回数は少ないようにも思う。
もったいないことをしたかもしれないな、とふと思った。
隼人が結婚すれば、また違う大晦日を迎えることになるんだろうから。
栄太郎は本当であれば眠っている時間だが、目をこすりこすりがんばって起きていた。新年の挨拶をした後、まだ起きていたがる栄太郎を姉が寝室へ連れて行く。
子どもが去ったリビングは、急に静かになった。
「隼人。少し付き合えよ」
俺は台所にあったブランデーと、残っていたつまみを持って声をかけた。
「いいよ。ここで?」
リビングには父と母、そして栄太郎を寝かしつければ姉が戻ってくるだろう。
「いや、上で」
少し考えてから、俺は言った。隼人は頷いてグラスを二つ手に取り、氷を入れた。
「寒いかな。お湯割りにする?」
「寒けりゃそのまま飲む」
言うと、隼人は笑った。
二階の部屋は、俺と隼人が共同で使っていた。大学時代以降は都内で下宿したので、ほとんど隼人の部屋と言ってもいい。壁際に置いてある本も、一部の漫画を除き隼人のものばかりだ。
部屋に入ると、二つのグラスに酒を注ぎ、静かに重ねた。
「新しい一年に乾杯ーー隼人の幸せを祈って」
俺が笑うと、隼人も照れくさそうに笑みを返す。
「ありがとう」
隼人の言葉は、響きが丁寧だ。最後の音までしっかりと耳に届き、それだけでも誠実さが伝わってくる。
同じ親に育てられたのに、一体何が違うんだろう。
いつもそう思うが、それが個性というものなのかもしれない。
「栄太郎、すごく満足してたね」
隼人はちびちびとブランデーをなめながら言った。
隣にある姉の部屋では、噂の本人が眠っているだろうから。
「そうだな。でも、何でバスケなんだろう」
俺の言葉に、隼人は笑った。
「ほんとにわからないの。まあ、そういうものかもね。自分のことだと」
疑問を浮かべながら隼人を見やると、隼人は静かに言った。
「バスケやってる兄さんがかっこいいからだよ。俺も憧れた。栄太郎は小さいときの俺みたいだ」
懐かしそうに、遠い目をする。
その賛辞に照れたのは俺の方だった。
「お前ら、平気で人を褒める夫婦だな」
「え?香子ちゃんも何か言ってた?」
「いるだけで周りが明るくなるとか、優しすぎるとか」
隼人は嬉しそうに笑った。
「すごいじゃない。兄さんのことよく見てる」
「なんだそれ」
恥ずかしくなってブランデーをあおると、隼人は静かに言った。
「じゃあ、逆から言ってあげようか」
俺はグラスに向けた目線をちらりと上げる。
隼人は穏やかな笑顔のまま続けた。
「無自覚に人を惹きつけるくせに、八方美人で優柔不断」
一瞬呼吸を忘れる。
刺さるわ、それ。
「逆からって、そういうことか」
どうにか声を出すと、隼人はにやりとした。
「誰だって、長所は短所だよ。見方を変えれば」
会話でも勝てる気がしない。
俺はふてくされて黙ると、隼人はますます嬉しそうに笑う。
「で、見つかったの?」
「何が?」
隼人の微笑みが少し意地の悪いものに変わった気がした。
「兄さんが結婚する気になる人、ってやつ」
俺は押し黙ってブランデーに口をつけた。