モテ男とデキ女の奥手な恋

「政人さん。お友達ですか?」
 後ろから小走りに来たのは香子ちゃんだった。隼人は知らぬ間に通りすがりのおばあちゃんに捕まっている。
 年寄りには甘いんだな、あいつも。
「いやーーまあーー友達っつーか」
 あまりに不意打ちの遭遇にどもると、橘がにこりと美しく笑った。
「ただの同期です」
 化粧も髪型も和装用なのだろう。解いていれば肩下まである髪は夜会巻き風にまとめ、小さいがキラキラと揺れる髪飾りをつけている。化粧は眉とアイラインをしっかりめに描き、カラーレスでマットなものを使っている。唇も、紅くくっきり描いていた。
 いつもの若い女子ぶった服装より、こっちの方が断然いいじゃないか。
 そんなことを思ったが、余計なお世話と言われそうなので口にはしない。
「明けましておめでとう」
 一応きちんと挨拶をする橘に、ああ、と応じて、
「何、お前、その格好」
「大先生の初窯にお招きいただいたのだけど、初めて来るから道が分からなくなっちゃって」
 橘は手にした地図をひらひらと示しながら言った。
 見たところ、手書きの地図らしい。
「GPS使えよ」
「バッテリーが切れそうだったから電源落としてるの。充電してたつもりが、ちゃんと刺さってなかったみたい」
 呆れた俺に、橘が答える。その表情もいつもの大雑把な感じではなく、慎ましやかだった。
 女って衣装で表情まで変わんのか。やっぱり怖ぇな。
「政人さん。案内してあげたらどうですか」
 香子ちゃんが言う。橘は微笑んで手を振った。
「いえ、お気になさらず。邪魔しちゃ悪いものーー」
 言いかけて、俺の後ろに目を留め、きょとんとした。
 その顔が、ようやくいつもの橘らしく見える。
「もしかして、噂の弟さん?」
「そーだよ」
 橘の視線の先にいたのは、おばあちゃんから解放されて追いついた隼人だった。
 隼人が営業スマイルを浮かべる。
「兄がお世話になってます。弟の隼人です」
「ーーってことは、貴女は」
「僕の婚約者の、鈴木香子です」
 隼人が香子ちゃんの肩に手を添えた。香子ちゃんがわずかに照れて頬を染め、隼人を見上げる。二人は目を合わせて微笑んだ。
 だからこっちが恥ずかしいって。
 思いながら橘に視線を戻すと、ふにゃりと力無く破顔していた。
「……なぁんだ」
 これはこれで、見てはならないものを見てしまった。俺は咄嗟に視線を背けた。
「なんだと思ったんだよ」
「べ、別に何でもないわよ」
 俺の言葉に応じる橘は、すっかりいつもの橘だ。内心ほっとする。
「ふふふ」
 笑い声は香子ちゃんのものだった。
「隼人くん、栄太郎くん、行こう」
 笑みを含んだ声が、どうにも居心地悪く感じて、香子ちゃんを見やる。
「政人さん。私たち先に行ってますね。困ってる人放っておいちゃだめですよ。知り合いならなおさら」
 香子ちゃんはそう言って、栄太郎の肩に手を添え、隼人の手を取った。
「いや、ちょっーー」
 何か誤解したに違いない香子ちゃんが歩いていく。その後ろ姿に声をかけようとして、やめた。
「……地図、貸せ」
 手を橘の方に差し出す。
 橘は一瞬迷ってから、おとなしく紙を俺の手に載せた。
 俺が黙って歩き出す後ろを、橘が小刻みな歩幅でついて来る。和服は大股で歩けない。それに気づいて、歩くペースを落とした。
 橘が、嬉しそうにくすりと笑い、ありがとう、と小さく言うのを背中で聞いた。
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