モテ男とデキ女の奥手な恋
「ご実家、この近くなの?」
「ああ。歩いて10分くらいのとこ」
橘は俺の半身後ろをちょこちょことついて来る。その動きで幼く見えて、庇護欲をかきたてる。
あれだな、和服ってそういうツボもあるんだな。見た目だけじゃなくて。
そんなことをぼんやり思いながら、極力橘を直視しないようにして歩く。
橘の目的地は通りを1本違えた奥にあった。
歩いていくと、60前後の着物の女性が2人、軒先に立っている。
「先生、桂山さん。すみません、待っててくださったんですか?」
橘は俺の横を小走りにすり抜け、女性に寄って行った。
「ああ、彩乃ちゃん。よかった、迷わなかった?」
「少し」
橘が苦笑する。俺は役目を果たしたのでそのまま去ろうとしたが、手に橘からもらった手書きの地図があることに気づき、渋々和服の女性陣に近づいた。
「橘。これ」
俺が地図を差し出すと、橘は照れ臭そうに微笑んだ。
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして」
俺は女性たちにほどほどの微笑で黙礼し、立ち去ろうとしたが、
「あら。彩乃ちゃんの彼氏?かっこいいわね」
「ち、違います。会社の同期で、たまたま会って」
橘が慌てている。その頬の赤みはチークや寒さのせいだけではなさそうだった。
ーーすげぇ嫌な予感。
とっとと立ち去るに限る、と思ったとき、一方の女性が俺の方に向きなおった。
「お名前は、なんておっしゃるの」
「神崎と申します」
身長は150を少し越すくらいか。小柄で上品な人だ。
この人が先生だろうと思いつつ、俺は微笑んだ。
「私は彩乃ちゃんに小学生のときからお茶を教えています、柚原と申します」
わずかに膝を曲げて、女性が丁寧に言う。
どことなく隼人を思い出す物腰は、和の文化をたしなむ者特有のものか。
「わざわざ送り届けてくださって、ありがとうございました。私は東京の方で教えているの。ぜひ一度、彩乃ちゃんといらして。きっと、他の生徒さんも喜びますから」
にこり、と微笑む顔には、企むような色はないが、断れない強さがあった。
「そうですね……機会があれば」
「ふふ。ええ。是非にね」
きらりと、女性の目がいたずらっぽく光ったように見えた。
俺は改めて一礼すると、その場に背を向けた。
ダッシュで立ち去りたい衝動を必死で押さえ込みながら、三人の視線を背中にひしひしと感じて歩いて行く。
通りを曲がって三人が見えなくなったところで、全力で走り始めた。