モテ男とデキ女の奥手な恋
「ごちそうさまでした。美味しかったです。食べすぎて苦しいくらい」
香子ちゃんが晴れ晴れとした顔で笑った。おせちを作った母と姉が嬉しそうに微笑む。
「私も来年は教えてもらいたいな、おせち作り」
「いいね。俺もやってみようかな。一緒に作れたら楽しそう」
「そうね。人手が増えると助かるわ」
相変わらずの隼人と香子ちゃんに、母が微笑みながら賛成した。
まだ4時前だが、冬の日没は早い。そろそろ日差しが夕陽の色を帯びはじめている。
栄太郎は早々に大人の会話に飽きて携帯ゲーム機で遊び始めていたが、会食が終わる気配を察して頭を上げた。
「香子姉ちゃん、もう帰るの?」
「うん、そろそろ。栄太郎くん、会えて嬉しかったよ」
香子ちゃんが栄太郎の頭を撫でる。栄太郎は照れ臭そうに笑った。
「俺も駅まで送ったる!」
「え?こら、待ちなさい!」
姉の制止も聞かず、ぴょこんと椅子を降りてコートを取りに行った。姉が苦笑する。
「もう……またお邪魔虫になるつもりかしら」
「いいですよ、嬉しいです」
「いいけど、俺、香子ちゃんを実家に送り届けて来るから、また誰か一人来てくれないと」
「じゃあ、今度は私がーー」
姉が言いかけたとき、栄太郎がコートを持ってリビングに戻って来た。
「忘れてたー!」
俺に走り寄る片手には、何かカードケースのようなものを持っている。
「政人、あの姉ちゃんと友達なんやろ?これ、落としはったで」
嫌な予感がしながらそれを受け取ると、案の定、ICカード入りの定期入れだ。
「この……ガキ」
俺は脱力感に襲われながら、栄太郎のこめかみに両拳を当てた。
「なーんーであの場で速やかに言わねぇんだ!忘れてたじゃねぇ!」
「痛い!痛いで!暴力反対!」
お前の母さんから俺が食らった技の数々に比べれば、こんなの暴力の内に入らねぇよ。
思いながらも手を下げ、嘆息する。
「ったく……電源着けてりゃいいけど」
バッテリー切れそうだとか言ってたからな。
ズボンのポケットからスマホを取り出して、メッセージを送った。
「これ、ないと帰れへん?」
心配する顔はさすがに小学生に成り立ての幼さを感じさせる。
「まあ、ガキに怒るような奴じゃねぇけど」
「政人とは違うなぁ」
「うるせぇよ。黙って反省してろ」
言い終わるより先に、俺のスマホが電話の着信を告げる。橘だ。
「もしもし」
『もしもし?ちょうど今、駅前で探してたとこ。よかったぁー』
俺が口を開こうとしたとき、橘の慌てる声がした。
『あっ、バッテリー切れちゃう。いいや、会社で受け取るーー』
「今から駅まで持ってくから待ってろ」
橘の声を遮って言った。
「いいな、待ってろよ」
橘は一瞬驚いたように黙ってから、ふと笑い、
『ーーう』
ん、は電話が切れた音で消えた。
ほっと息をついたとき、他の目が全て興味深そうに こちらを見ていることに気づいた。
「息子がご迷惑かけたことは」
美しい笑顔の姉に、俺の背を変な汗が伝う。
「母親として、ちゃんとご挨拶しないとねぇ」
うふふ、と笑うその顔は、ほとんど悪魔のように見えた。