モテ男とデキ女の奥手な恋
幸い、二軒目で四人分の席を確保した俺は、姉に電話をかけた。
「カウンターとテーブルで、2人ずつになるけど、いいよな」
『りょうかーい。今から行くね。』
電話が切れると、俺はほっと息をつく。駅から離れていない場所で探すと、どうしても店の数が限られる。あまり人通りの多くない方を選んだのが正解だった。
「よかったねぇ、席空いてて」
笑顔で現れた姉は、当然のようにテーブル席に香子ちゃんと向かった。
え、そこは姉弟で座るべきじゃないの。しかもカウンター残すのかよ。
「着物だと、低い椅子は座りにくいでしょう」
気をきかせたつもりらしい。橘はありがとうございます、と微笑んだ。
「香子ちゃん、政人のおごりよ。ケーキセットとパフェ、どっちにする?」
「わぁ、じゃあケーキセット」
「満腹だったんじゃないの」
「甘いものは別腹です」
全く遠慮を見せず、香子ちゃんは姉と真剣にケーキを選んでいる。
俺は嘆息して、橘はどうする、と聞いた。
「私もケーキ食べていいの?」
「別に、食いたいなら頼めば」
橘は笑った。
「冗談よ。懐石とお茶請けでお腹いっぱい。ホットコーヒーもらおうかな」
俺は頷いて、ホットコーヒーを二つ頼んだ。
しばらくしてサービスされたコーヒーを口に含みながら、橘はほっと息をついた。
「おいしい。--でも神崎のコーヒーの方が好きかも」
「そりゃどうも」
俺は自分のコーヒーを口にする。香ばしい苦みが口の中に広がる。
香子ちゃんもコーヒー党らしい。チョコレートケーキとコーヒーを嬉しそうに口にしている。
姉はチーズケーキを頼み、香子ちゃんと一口ずつ交換している。女子ってああいうことするの好きだよな。
「今日は、ごめんね。なんか色々巻き込んじゃって」
「……まあ、どっちがどっちに巻き込んだのか、もうよくわかんねぇけど」
俺は嘆息しながら、カップを口に運んだ。
橘がそうかもねと苦笑する。
「でも、びっくりした。まさか神崎にこんなところで会うなんて思わなかったから」
「俺もびっくりしたよ。いきなり近所に橘がいるし。--着物だし」
目を合わせる勇気がなく、ただただカウンターの中をぼんやり見る。
「ふふ。似合わない?」
「いや。いつもの服より全然そっちがいい」
思わず言ってしまってから、しまった、と橘の顔色をうかがう。
案の定、橘は顔を赤くしていた。
「ま、馬子にも衣装ってやつでしょ」
「そ、そうだよ。当然だろ」
俺はまた気まずく思って、視線をそらした。
姉がちらちらとこっちを見ている。口元はにやにやしていた。
「待ってる間、何か話した?姉と」
「うん。当たり障りないことばっかりよ。会社での神崎はどうなの、とか、同期って何人くらいいるの、とか」
両手でカップをくるみつつ、橘は微笑む。
「綺麗だし、素敵なお姉さまね。私より3つも上で、小学生のお子さんがいるなんて信じられない」
口にカップをつけつつ、小さく付け加えた。
「いいなぁ……」
--重い。
ほとんど無意識に近い橘のぼやきが、やたらと重く感じて、俺は店の外に目を向けた。
隼人はなかなか戻ってこない。
おかしいな。草履は玄関先にあるはずだし、そんなに時間がかかるような気はしないのだが。
また栄太郎が何かしでかしたんだろうか。
そんなことを思いながらコーヒーを飲み終える頃、隼人からメッセージが入った。
【公園で栄太郎とバスケやってました。今からそっちに行きます】
って、完全に油売ってんじゃねぇか。
俺は呆れながら、了解と返した。
一応、怒りのマークもつけてやる。
俺は姉の方を向き、スマホをちらつかせた。姉は頷き、香子ちゃんに声をかけている。
「そろそろ?」
橘の問いに、俺は頷いた。
「ま、よかったな。図らずも、弟とその連れに会えて」
「え?あ、うん。そうね」
そう返す橘は、以前隼人に会いたがったことなど忘れていたようだった。
「……神崎」
最後の一口を口に含んだ俺に、橘は静かに呼びかけた。
「何?」
ちらりと目線を橘に投げる。
橘は俯いてから、首を振った。
「……ううん、何でもない」
本人は気づいているんだろうか。
俺の前にいるときの表情や動作が、やたらと細やかで、女らしくなっていることに。
ーー多分、気づいてないんだろうな。
俺は注文票を持ち、姉の机のそれを取りに行こうと立ち上がって、髪を上げた橘のうなじにふと気づいた。
つい見入ってしまいそうになり、無理矢理背ける。
ーー危ない危ない。普段ならいざ知らず、今は姉という悪魔がいるんだ。馬鹿な行動は慎まねば。
思って姉のテーブルへ足を向けながら、気づく。
ーー普段ならいざ知らずって、なんだよ。
だんだんと自分が分からなくなってきて、頭を抱えたくなった。