モテ男とデキ女の奥手な恋

 まずは栄太郎と隼人がオフェンス。栄太郎がボールを持ち、俺はややゴール寄りに立って手を広げる。
 当然、気をつけなくてはいけないのは隼人だ。隼人はゴール寄り、ただし少し横に離れたところに立っている。ちなみに栄太郎にはゴールが高すぎるので、ボードやネットなど、柱以外の部分に当たってもゴールとしてとらえるというルールだ。
 女性陣はコート横のベンチに腰を下ろした。
「行くで!」
 栄太郎がボールをつきはじめる。緩く膝を落とし、隼人側に半身を傾けながらその前をついていく。
 栄太郎はゴールを中心とした半円を描くようにドリブルする。隼人が俺よりやや内側、ゴール寄りになったので、俺が体制をやや変えようとしたとき、
「あ、おかんがお姉さんに何や耳打ちしてはる」
 女性陣の座るベンチはちょうど俺の背側、栄太郎からはよく見える位置だ。ギクリと身を竦めた一瞬の隙に、ゴールに走り寄る隼人目掛けて栄太郎の精一杯のパスが通った。
「ナイスパス!」
「くそ!」
 俺はすぐさま足を隼人へ向け、させじと隼人に追いすがる。ゴール下へ駆け込みながらシュートする隼人の前へ手を伸ばしたが、わずかに指先が掠ったボールはリングの中に転がり込んだ。
 それを見た栄太郎がぴょんと跳びはねた。
「入ったぁ!」
「栄太郎、いいパスだったよ」
 隼人と二人、ハイタッチする横で、ゴールから転がってきたボールを手に取る。
「隼人の入れ知恵だな。汚ねぇぞ」
「だって、今日を逃したら、いつ勝つチャンスがあるか分からないでしょ」
 隼人は悪びれもせず爽やかに笑う。好青年スマイルなら何でも許されると思ったら大間違いだぞ、くそ。
「……次は俺がオフェンスだ」
 ボールを指先の上で回して、両手に持つ。
 もう同じ手には乗らないぞ。
 自分に言い聞かせるように思う。
 俺がボールを手に立つと、いつもは栄太郎の後ろに控えている隼人が前に立った。
「本気で勝ちに来る気か」
「俺だって、20年来の夢だもん」
 また爽やかに笑う。その目は結構本気だったりする。
 ぽんとボールを隼人に放り、隼人がまた俺に返す。走り出しながらそれを受け取り、ドリブルで隼人をかわそうと左右に振ったとき、
「何もなければ動揺しないはずだよね」
 静かに響く弟の声が耳に届いた。
 フェイントの途中で取り逃しそうになったボールを、隼人は機会を逃さず手で弾く。
「栄太郎!」
「させるか!」
 隼人と俺が吠えて、ボールを追いかけたとき、視界の片隅で栄太郎が躓くのが見えた。
 隼人と二人、慌てて手を伸ばした先は栄太郎。
 三つ巴状態で地面に打ち付けられ、ボールは誰もいない方へ転々と転がった。
「ってぇ」
 二人を庇って栄太郎の下敷きになった俺は、地面に背中を預けたまま呻いた。
 俺の上には栄太郎。隼人は栄太郎に巻き込まれないよう突き飛ばしたが、うまく肩から受け身を取っていたように見えた。
「大丈夫?」
 慌てて駆け寄って来る橘と香子ちゃん。姉は悠然と近づいてくる。
「隼人。怪我ねぇか」
「ないよ。兄さんが庇って突き飛ばしてくれたおかげで」
「栄太郎は」
「あらへん」
 言いながら唇を尖らせている。
「勝負ごとの最中に、敵を庇うやなんて。政人は甘ちゃんや」
「甘ちゃんで結構。可愛い弟と甥っ子だからな」
 ふんと鼻で笑いながら起き上がるが、肘下と脛を思い切り擦りむいていた。
「受け身が下手になったわね」
 姉は腰に手を当てて不服げだ。それが息子を庇って怪我した弟への第一声か。
「最近は受け身取る場面もないからな」
 誰かさんがいないおかげで。とは口が裂けても言えない。
「うわぁ、痛そう……」
 橘が両膝をつくと、俺の肘下に手を添えた。
「大した怪我じゃねぇよ。気にすんな」
 その手を振り払い、身体の調子を確認しながらゆっくりと立ち上がる。
「隼人。顔に怪我した新郎なんか見たくねぇぞ。ほどほどにしとけよ」
「それもそうだね。挙式が終わるまでは自重するよ」
 隼人が香子ちゃんの手を取って立ち上がり、身体についた砂を払った。
 俺も次いで膝を払うと、心配そうな橘の顔があった。
「お前、着物汚れるぞ。ほら」
 手を差し出すと、橘の目は一瞬揺らいだ。俺の手は取らず、自力で立ち上がる。差し出した俺の手は行き場をなくして、意味もなく手を握ったり開いたりしながら引き寄せた。
 立ち上がって膝を払った橘は、静かに微笑んだ。
「ちょっと分かった気がする」
 俺が首を傾げると、橘は静かな微笑みのまま、
「神崎が、どうして神崎なのか」
 俺は訳が分からず眉を寄せた。
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