モテ男とデキ女の奥手な恋
3日の朝、俺たちきょうだいは同時に実家を発つことにした。
残っていたってダラダラしてしまうだけなので、家の掃除でもして、仕事初めに備えるつもりだ。
「政人、また勝負しような」
「分かったよ。それまでにうまくなっとけ」
頭にぽんと手を置くと、栄太郎は唇を尖らせた。
「いつまでもガキや思うとったら怪我するで。今度こそ負けへん」
「へいへい。せいぜい俺が本格的にオッサンになる前に頼むぜ」
その後ろから、キャリーバッグを引いた姉と隼人が出てくる。
「新幹線はどこから?」
「新横浜」
「じゃ横浜まで一緒だね。荷物手伝うよ」
隼人が言いながら姉のボストンバッグを持つ。
俺たちは未婚ということもあり、服も多少実家に残してあるので荷物はほとんどないが、姉は子連れの旅なのでいやがおうでも荷物が増える。
俺もその横から、姉が引くキャリーバッグに手を添えた。
「小田原からかと思った」
「ありがと。停車駅少ない方が楽だからね。いやぁ、立派になった弟二人、お姉ちゃん楽だわぁ。お姫様気分」
「女王様の間違いじゃないの」
「何か言った?」
「イエ、何でもありません」
玄関でワイワイしている俺たちを、両親が少し寂しそうな笑顔で見送る。
「一気に静かになるなぁ」
「気をつけて帰ってね」
手を振って歩き出そうとしたとき、母がすかさず言った。
「政人、連絡楽しみに待ってるわよー」
俺は聞かないふりで歩調を早めた。
大股で歩く俺にちょこちょこと追いついて、姉が顔を覗き込んで来る。
「で、彩乃ちゃんとは、どういう関係なの?」
俺が引くキャリーバッグがガラガラ音を立てながらついて来る。俺はちらりと姉を見たが、努めて無表情に言った。
「ただの同期だよ。あいつもそう言ってたろ」
「そうねぇ」
姉はふふ、とどこか懐かしそうに笑った。
「口ではそう言ってたけどね。ーー目は口ほどに物を言う」
悪魔モードかと思って構えていたが、ちょっと違うらしい。
「私もああいう時があったのかなぁ。傍から見てると可愛いもんね」
「姉さんを可愛いと思ったことなんてないけど」
思わず口をついて出た俺の本音に、姉の目が殺意を帯びた。にこやかな表情のまま、俺の肘を掴む。
関節のツボを的確に押しながら、姉は微笑み続けている。激痛だが顔を歪めると喜ぶのが分かっているので堪える。だからさ、それ暴力だよ。分かってんの。
「あんたも、そろそろ腹をくくりなさいよ」
姉は日頃より低い声で言った。ほとんど忠告のように強く耳に響く。
「八方美人は、結果的に大切な人を傷つけることだってあるんだから」
俺は黙ったまま、前を向いた。
後ろでは栄太郎と隼人が楽しそうに話している。
俺はそれを見ながら、口を開いた。
「姉さんにとって、義兄さんって、どんな存在?」
ーーそんなこと、今まで気にしたことも、聞いたこともなかった。
姉は晴れやかに笑う。
「私を私でいさせてくれる人。栄太郎を共に見守る人。あとは、そうねぇ」
俺の肘に置いた姉の手指からは、もう異常な力は抜けていた。
「仕事や何やで疲れきったときに、ただ横にいたい人」
俺は意外な思いでその横顔を見ていた。
「知らなかった」
「何が?」
「姉さんも、そういう顔するんだ」
穏やかな。信頼する者を見つけた人の。静かな確信を持った目。
姉は目を丸くしてから、噴き出した。
「だって、あんたに見せる必要ないもの。孝次郎くんが分かっててくれれば、それでいいの」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ」
ガラガラと、俺が引くキャリーバッグが相変わらず俺たちの後ろをついて来る。
俺の肘に置いた手はそのままに、姉と俺はその音を聞きながら、駅へと歩いた。