モテ男とデキ女の奥手な恋

「……やっぱり、色気ないかなぁ」
 名取さんとジョーと別れるや否や、不意に橘が呟いた。その表情は堅い。
 なんだ、結構本気で気にしてたのか、こいつ。
 あのさぁ、と自信なさげに橘は話しはじめる。
「初めて好きって言ってくれたとき、抱かなかったよね。私のこと」
 俺の部屋に誘った日のことかと思い出す。
「そのまま九州行っちゃったから、寂しかった」
 隣を歩きながら、橘は幼い仕種で俺の袖を掴んだ。
「もっと、……ヨーコちゃんみたいに色気があれば、神崎ももっと求めてくれるのかなぁって」
「……何でそこで名取さんが出てくる」
 俺は思わずうんざりした顔になった。確かに色気があるのは確かだが、その色気に健全さは感じない。
 とはいえ、橘の表情からするに、割と真剣に悩んでいるようなので、やれやれと嘆息した。
「こういう言い方悪いかもしれないけど」
 俺は言葉を選ぼうとしたが、思い浮かばず諦めて、正直に言った。
「名取さんのは、ただヤりたいなと思うだけで、なんつーかこう」
「セフレ的な?」
「ああ、まあそんな感じ。本人もそれ分かってるんだろ、男にそういう風に見られてるっていうのは。だからある意味諦めてるっていうか……それで余計そう見える」
 橘は首を傾げた。
「ヨーコちゃん、結婚願望ないみたいだし」
「それが昔からなのかどうなのかは知らねぇけどな。あんまり男運いいようには見えない」
「よかったらそれこそ結婚してるでしょ」
 それもそうだ、と頷いて、俺は橘の髪を撫でた。
「……で?」
「え?」
「名取さんを参考に、色仕掛けでもしてくれるの?」
 名取さんのそれは、俺にしてみれば色仕掛けというより食われそうな予感に近いが、とりあえずそれは置いておく。
 橘はうろたえて目線をさ迷わせた。
「ええと」
 橘はしばらくしてから俺の目を覗き見て、気まずそうに言った。
「とりあえず、神崎のそのお色気モードは外では禁止した方がいいと思う」
「答えになってねぇし」
 ついでに言えば、自覚がないからやめようがない。
 俺は嘆息しながら橘の後ろ頭をはたいた。橘は笑いながら痛てっ、と応じ、
「ジョーって、どうなのかなぁ」
「どうって?」
「ジョーも、その……ヤリタイダケ、ってやつ?」
 俺は隣を歩く橘の顔をちらりと横目で見て、また前方に目線を戻す。
「あいつはかなり本能的だからなぁ」
「だから?」
「直感と心がほとんどイコールみたいだな。俺もよく分かんねぇけど」
 俺の言葉は抽象的過ぎたらしい。橘は首を右に左に捻りながら考えていたが、諦めたように一息ついた。
「私、ヨーコちゃんには幸せになってほしいんだけどなぁ」
 その言葉にふと笑う。
「何よぅ」
 ジト目で見てくる橘の頭に手を置き、
「おめでたい奴だよ、お前は」
「どういう意味?」
「ま、そういうところが気に入ってんだろ、名取さんも」
 ぽんぽんと頭をたたくと、むくれる橘の頬をつついて笑った。
「大事な妹みたいなもんだ、って言ってたぞ」
「嬉しい。私一人っ子だから、お姉ちゃん欲しかったの」
 橘が心底嬉しそうに言うのを見ながら、俺は引き攣った笑顔を浮かべた。
「……お姉ちゃんねぇ。いない方が幸せなときもあるぞ」
 悪魔的な我が姉の笑顔のブリザードを思い出してしまった俺は、背筋の冷たさに首を竦めた。
「何で?神崎のお姉さん、美人で素敵な方じゃない」
「お前は本性を知らないからそういうことが言える」
 大まじめに答えるが、全く想像できないらしい。橘はまた首を傾げた。
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