モテ男とデキ女の奥手な恋

 翌朝、デスクで欠伸を噛み殺していると、阿久津が声をかけてきた。
「どうだったの、結局。見つかった?」
「ああ、一応。悪かったな、連絡忘れてた」
「いや、無事だったなら、いいんだ」
 ーー無事、かどうかは分からないけどな。
 落ち着いてきたヒカルは、自分の身に起こったことを話した。
 部活が終わり、新二年であるヒカル達が中心になって片付けをし、部室の戸締まりをして帰ろうとしたとき、忘れ物に気づいて一人で取りに戻ったそうだ。
 そのとき、男バスの部室から出てきた川田と遭遇した。
 鍵を職員室に返した後も何故かついて来る川田を、ヒカルは訝しく思っていたが、歩きながら俺の悪口を言う川田に反論したところ、激昂した川田に公園の裏手に引きずり込まれたそうだ。
 頬を殴られ、ワイシャツを乱暴に掴まれながらもがいているとき、偶然パトカーのサイレンが聞こえ、川田がひるんだ隙を見て、サイレンが聞こえる方向に逃げた。
 とはいえ、そのまま家に帰る気にはなれず、フラフラと足の赴くまま俺の家の前まで来てーー数時間、じっと俺の帰りを待っていたというわけだ。
 ヒカルの学校を中心に、俺の家とヒカルの家は、逆方向に徒歩20分ほど。俺の家を知らない川田が追いかけて来る可能性は低い、ということも確かだが、混乱した頭でそこまで考えたとは思えない。
 恐怖を感じたヒカルが、真っ先に頼ろうと思ったのが、多分俺だったということでーーあの気丈な少女が俺にすがって泣き崩れたとき、よく知らない女と一晩だけの関係を持ったときとは比べものにならないくらいの罪悪感が、胸の中を支配した。
 その苦々しさに、俺は嘆息してコーヒーを煎れようと席を立つ。パントリーにいた江原さんの後ろ姿にぼやくように声をかけた。
「なあ、江原さん」
「何ですか?」
「俺ってさぁ。ろくでもない男だよな」
「え?何言ってるんですか、今さら」
 振り返る江原さんは爽やかな笑顔である。まあそうだよな、君ならそう言うよな。そう思いながら黙ってコーヒーメーカーのボタンを押したとき、
「でも、優しいからでしょう」
 江原さんの言葉は不意だった。
「優しいから、傷つくのが怖いんでしょう、神崎さんは」
 俺はちらりと江原さんの横顔を見て、コップに注がれるコーヒーに目をやった。
「傷つくのなんて、誰でも怖いだろ」
「そりゃ、そうですけど、うーん」
 江原さんはふ、と勢いよく息を吐き出した後、思い切り手を振りかぶり、
「せからしか!」
「痛ってぇ!!」
 ばっちーん、と音がするくらいの力で俺の背中を叩いた。
「ごちゃごちゃ言わんと!女々しいったい!」
 初めて彼女の口から聞く方言に、一瞬ぽかんとしてから、唇を尖らせた。
「そっちが男前過ぎるよ」
 背中なのでさすりようもない。江原さんは腰に手を当て、仁王立ちで笑った。
「男前、上等です。一人で生きていける女、江原あきらですから」
「何だそれ」
 ツッコミは呆れた俺ではなく、阿久津のものである。背中を叩かれた音でこちらに気づき、近づいてきたらしい。
「お前、最近仕事忙しいからって彼氏に愛想つかされたらしいじゃん」
「えっ。何で知ってるんですか。てか違います、忙しいのにぐだぐだ言ってくるからこっちから振ったんです」
 俺はそのやりとりにふと思いついた。
「江原さんさぁ」
「何ですか?」
「財務部、向いてんじゃないの」
 阿久津がぶはっと噴き出す。江原さんはきょとんとした顔で笑う阿久津を見やり、
「え。何で笑うんですか。いいじゃないですか、エリートコース。私には無理だって言うんですか」
「違うよ、俺が笑ったのはその意味じゃない」
 阿久津は笑い顔のまま言った。
「確かにな、仕事に生きたい奴にはぴったりなんじゃないの」
 推薦してやれよと言われてそんな権限はないと苦笑を返すと、湯気をたてるコーヒーカップを手にしてデスクに戻った。
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