冷たい華道家は、私だけに花を乱す

第17話 京都決戦、花を生けない天才華道家


京都華道展まで、あと七日。
新幹線の窓の向こうに、夏の雲が広がっていた。
私は膝の上に置いたノートを開き、何度目かわからない確認をしていた。
花材の納品時刻。
搬入車両の登録番号。
展示台の寸法。
冷蔵保管庫の使用時間。
作業協力者の名簿。
そして、緊急連絡先。
どれも間違えるわけにはいかなかった。
隣の席で、朔が小さく笑った。
「小春」
「何?」
「それ、さっきも確認していました」
私は顔を上げた。
「確認しすぎて困ることはないでしょう」
「ありません」
彼は頷いた。
「ただ、少し休んでください」
私はノートを閉じた。
「朔こそ、ちゃんと休んでる?」
「はい」
彼は右手を持ち上げた。
薄い装具がついている。
数週間の治療とリハビリで炎症は少し落ち着いていたが、医師からは依然として長時間の制作を禁止されていた。
重いものを持つことも、細かい作業を続けることもできない。
京都の作品を、自分の手だけで完成させることは不可能だった。
私は彼の右手を見た。
「痛みは?」
「今は、ありません」
「本当?」
朔は少し笑った。
「本当です」
私は頷いた。
「なら、よかった」
彼は窓の外を見た。
「……京都ですね」
私は笑った。
「まだ着いてないよ」
「そうですね」
彼は少し目を細めた。
「でも、ようやくここまで来ました」
私は黙った。
思えば、長い時間だった。
久遠家を出たこと。
花乃井の契約が打ち切られたこと。
旧温室の事故。
私の父が残した資料。
そして、朔の右手。
いくつもの問題が重なり、何度も諦めそうになった。
それでも、私たちは京都へ向かっていた。
私は静かに言った。
「……うん」
朔が私を見た。
「何ですか」
私は笑った。
「楽しみだね」
その瞬間、彼の表情が柔らかくなった。
「はい」
そして、少しだけ私のほうへ身を寄せた。
「小春」
「何?」
「手をつないでもいいですか」
私は笑った。
「いいよ」
彼は左手を差し出した。
私はその手を握った。
窓の外では、夏の光が流れていた。
京都駅に着いたのは、昼前だった。
駅の構内は観光客で混雑していた。
私たちは荷物を受け取り、改札を出た。
そこには、一人の男性が待っていた。
真田透。
今回、展示構造の制作を担当する職人だった。
「よう、久遠」
彼は手を上げた。
朔は頭を下げた。
「お久しぶりです」
真田は私を見た。
「三崎さんも、お疲れ」
私は笑った。
「よろしくお願いします」
真田は頷いた。
「こっちは準備できてる」
そして、少し声を落とした。
「ただ、一つ問題がある」
私は息を止めた。
「……問題?」
真田は眉をひそめた。
「搬入の順番が変わった」
朔が顔を上げた。
「……どういうことですか」
真田は説明した。
当初、私たちの作品は初日の午前中から設営できる予定だった。
けれど、会場側の都合で、搬入開始が午後に変更されたという。
しかも、展示区画の一部が別の出展者の作業場所と重なっていた。
私はノートを開いた。
「……これだと、冷蔵保管の時間が長くなる」
真田は頷いた。
「そうなんだ」
朔は静かに尋ねた。
「理由は?」
真田は肩をすくめた。
「正式には、会場内の安全管理」
私は少し考えた。
「変更は、全出展者に通知されてるんですか」
真田は首を横に振った。
「一部だけらしい」
私は眉をひそめた。
朔はしばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「事務局に確認しましょう」
私は頷いた。
「うん」
私たちはタクシーで会場へ向かった。
京都市内の大きな展示施設。
古い日本庭園に隣接した建物だった。
広い展示室。
高い天井。
自然光を取り入れた廊下。
そこには、全国から集まった華道家たちがいた。
花材を運ぶ人。
花器を磨く人。
図面を広げて打ち合わせをする人。
着物姿の女性たち。
作業着の職人たち。
私はその光景を見て、思わず息を呑んだ。
「……すごい」
朔が微笑んだ。
「緊張していますか」
私は頷いた。
「少し」
彼は静かに言った。
「僕もです」
私は驚いた。
「朔が?」
「はい」
彼は頷いた。
「久遠流の名前なしで、ここに立つのは初めてなので」
私は彼を見た。
その横顔は、いつもより少し硬かった。
私は左手を伸ばし、彼の袖を軽く引いた。
「……大丈夫」
朔が振り返る。
私は笑った。
「一人じゃないから」
彼はしばらく私を見つめた。
そして、微笑んだ。
「……はい」
私たちは事務局へ向かった。
搬入変更について確認すると、担当者は申し訳なさそうに説明した。
「安全管理上、区画ごとの作業時間を調整しておりまして」
私は尋ねた。
「変更の決定日は、いつですか」
担当者は資料を確認した。
「昨日です」
「その時点で、私たちへの通知は?」
「……今朝になってしまいました」
私は頷いた。
「わかりました」
そして、静かに続けた。
「では、変更後の時間に合わせて、冷蔵保管庫の使用延長と搬入車両の待機場所を確保していただけますか」
担当者は少し驚いた。
「……確認いたします」
私は続けた。
「また、設営時間が短くなるので、安全確認の担当者を事前に決めていただきたいです」
担当者は頷いた。
「承知しました」
朔は隣で黙っていた。
私は彼を見た。
「……何?」
彼は微笑んだ。
「頼もしいです」
私は少し照れた。
「仕事だから」
彼は静かに言った。
「あなたが一緒で、よかった」
私は胸が温かくなった。
「……うん」
午後。
私たちは展示区画を確認した。
広さは、およそ六メートル四方。
奥には白い壁。
天井から柔らかな光が差し込む。
私は図面を広げた。
「……ここに中央の枝」
朔は頷いた。
「はい」
「足元に苔と石」
「……」
「花は、左右に分けすぎない」
朔は少し考えた。
「右側に、もう少し余白が欲しいです」
私は頷いた。
「わかった」
真田が床の寸法を測った。
「構造は問題ない」
私は安心した。
「よかった」
真田は続けた。
「ただし、実際の枝を合わせてみないと、最終調整はできない」
朔は頷いた。
「承知しています」
私は時計を見た。
花材の到着まで、あと一時間。
その間に、会場の導線と作業場所を確認することにした。
私たちは廊下を歩いた。
すると、奥の展示室から大きな声が聞こえてきた。
「もっと高く」
「そこではない」
「松の角度が違う」
私は足を止めた。
見覚えのある声だった。
久遠征臣。
彼は巨大な松の前に立っていた。
黒い花器。
白い菊。
太い枝。
伝統的な久遠流の技法を用いた、圧倒的な構成だった。
私は思わず息を呑んだ。
「……すごい」
朔も静かに見つめていた。
征臣は私たちに気づいた。
そして、ゆっくり近づいてきた。
「……朔」
朔は頭を下げた。
「叔父さん」
征臣は私を見た。
「三崎さんも」
私は頭を下げた。
「こんにちは」
征臣は静かに笑った。
「よく来られましたね」
私は黙った。
彼は続けた。
「出展資格の問題も、何とか乗り越えたようで」
私は顔を上げた。
「はい」
征臣は目を細めた。
「……そうですか」
朔が静かに言った。
「叔父さん」
「何だ」
「作品、拝見しました」
征臣は少し笑った。
「どうだ」
朔は真剣だった。
「見事です」
私は驚いた。
征臣も少し意外そうだった。
「……ほう」
朔は続けた。
「松の力強さと、菊の静けさがよく合っています」
征臣はしばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「……余裕だな」
朔は首を横に振った。
「いいえ」
「……」
「本当に、美しいと思いました」
征臣の表情が変わった。
けれど、すぐに冷たい笑顔に戻った。
「おまえの作品も、楽しみにしている」
朔は頭を下げた。
「ありがとうございます」
征臣は右手の装具を見た。
「……もっとも」
その声が低くなった。
「その手で、どこまでできるか」
私は胸が冷たくなった。
朔は静かに答えた。
「僕一人では、完成させられません」
征臣は少し笑った。
「そうだろうな」
朔は続けた。
「だから、仲間と作ります」
征臣の笑顔が消えた。
朔は静かに言った。
「それが、今回の作品です」
長い沈黙。
そして。
征臣は小さく笑った。
「……好きにしろ」
彼は背を向けた。
私は朔を見た。
「……大丈夫?」
朔は頷いた。
「はい」
そして、静かに微笑んだ。
「本当に、美しい作品でした」
私は少し笑った。
「……そうだね」
彼は続けた。
「だからこそ、負けたくありません」
私は頷いた。
「うん」
その日の夕方。
私たちは京都の花材業者を訪ねた。
地元の生産者と提携している、小さな花屋だった。
店主は六十代の男性。
朔とは以前から面識があるらしい。
「久遠さん、久しぶりやな」
朔は頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
店主は右手を見た。
「……怪我したんか」
朔は頷いた。
「少し」
店主は笑った。
「無理したらあかんで」
私は思わず頷いた。
「本当に」
朔が少し困った顔をした。
店主は声を出して笑った。
「ええ人がおるやないか」
私は顔が熱くなった。
朔は真剣に答えた。
「はい」
私は慌てた。
「……朔」
店主はさらに笑った。
「若いなあ」
私たちは花材を確認した。
小さな白い花。
淡い紫の花。
細い枝。
そして、苔。
私は一本ずつ状態を見た。
茎の硬さ。
葉の色。
花弁の傷み。
水揚げの状態。
店主は感心したように言った。
「よう見てはるな」
私は笑った。
「花屋なので」
店主は頷いた。
「なるほど」
そして、朔を見た。
「久遠さん、ええ相棒やな」
朔は微笑んだ。
「はい」
私は少し照れた。
「……ありがとうございます」
その夜。
私たちは小さなホテルに泊まった。
部屋は別々だった。
けれど、夕食は一緒に食べた。
京都の小さな定食屋。
焼き魚。
味噌汁。
漬物。
そして、ご飯。
朔は静かに食べていた。
私は彼を見た。
「……疲れた?」
彼は頷いた。
「少し」
私は笑った。
「今日は、よく歩いたもんね」
朔は微笑んだ。
「でも、楽しかったです」
私は頷いた。
「私も」
彼は少し考えた。
そして、静かに言った。
「小春」
「何?」
「今日、叔父の作品を見て、思いました」
私は顔を上げた。
「……何を?」
朔は少し目を伏せた。
「僕は、ああいう花を生けられなくなったのかもしれません」
私は黙った。
彼は続けた。
「大きな枝を、自分の手で動かして」
「……」
「一瞬で、形を決める」
私は彼を見つめた。
朔は右手を見た。
「今の僕には、できません」
私は静かに言った。
「……うん」
彼は少し驚いた。
「……否定しないんですね」
私は頷いた。
「だって、今はできないんでしょう」
朔は黙った。
私は続けた。
「でも、それで終わりじゃない」
「……」
「別のやり方がある」
朔は私を見つめた。
私は笑った。
「今日、真田さんと話してたでしょう」
彼は頷いた。
「はい」
「あなたが考えた形を、真田さんが構造にする」
「……」
「私が花を管理する」
「……」
「ほかの人が、設営を手伝う」
私は静かに続けた。
「それって、すごいことだと思う」
朔は黙った。
私は笑った。
「一人で全部できるより、もっと大きなことができるかもしれない」
長い沈黙。
そして。
朔はゆっくり微笑んだ。
「……そうですね」
私は頷いた。
「うん」
彼は静かに言った。
「小春」
「何?」
「僕は、あなたと出会うまで」
彼は少し言葉を切った。
「花を生けることは、一人で完成させるものだと思っていました」
私は黙った。
「でも、違うんですね」
彼は微笑んだ。
「誰かと作る花も、ある」
私は胸が温かくなった。
「……うん」
彼は私を見つめた。
「明日、頑張りましょう」
私は笑った。
「頑張ろう」
私たちは顔を見合わせた。
そして、静かに笑った。
翌朝。
搬入が始まった。
真田が展示台を組み立てる。
私は花材の状態を確認する。
朔は図面を見ながら、配置を指示する。
最初は順調だった。
中央の構造。
石。
苔。
そして、枝。
少しずつ形が見えてきた。
私は胸が高鳴った。
「……いい感じ」
真田が頷いた。
「悪くない」
朔も微笑んだ。
「はい」
けれど。
午後になって、問題が起きた。
花材の一部が届かなかったのだ。
白い小花。
作品の中心に使う予定だった花。
私は納品書を確認した。
「……おかしい」
業者に電話をかける。
すると、担当者は困った声で答えた。
『申し訳ありません。出荷の手配が変更されていました』
私は息を止めた。
「……変更?」
『はい』
「誰が?」
担当者は少し迷った。
『会場側から、納品先の変更依頼があったと記録されています』
私は眉をひそめた。
「……会場側?」
『ただ、正式な担当者名が確認できなくて』
私は胸が冷たくなった。
私はすぐに事務局へ向かった。
けれど、事務局には変更を指示した記録がなかった。
担当者は困った顔をした。
「……こちらからは、何も」
私は深呼吸した。
怒っても、花は届かない。
まず、代替品を探さなければ。
私は業者に連絡し、在庫を確認した。
けれど、同じ品種はもうなかった。
私は電話を切った。
そして、朔のところへ戻った。
「……ごめん」
彼が顔を上げた。
「何があったんですか」
私は事情を説明した。
朔は黙って聞いていた。
そして、静かに言った。
「……そうですか」
私は続けた。
「代わりの花を探す」
朔は少し考えた。
そして、首を横に振った。
「小春」
「何?」
「少し、待ってください」
彼は作品を見つめた。
中央の曲がった枝。
足元の苔。
小さな石。
まだ花の少ない空間。
朔はしばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……このままでも、美しい」
私は驚いた。
「……え?」
彼は続けた。
「花を増やす必要が、あるでしょうか」
私は作品を見た。
確かに、余白があった。
けれど、その余白が、枝の曲がり方を際立たせている。
私は少し考えた。
「……でも」
朔は私を見た。
「はい」
「このままだと、少し寂しい」
彼は頷いた。
「そうですね」
私は作品の足元を見た。
苔。
石。
そして、小さな空間。
私は静かに言った。
「……花じゃなくてもいいのかも」
朔が顔を上げた。
「……どういうことですか」
私は説明した。
「この場所に、何かが生まれようとしている感じ」
「……」
「まだ咲いていないもの」
朔は黙った。
私は続けた。
「蕾とか」
彼の表情が変わった。
「……蕾」
私は頷いた。
「うん」
朔はしばらく作品を見つめた。
そして、静かに微笑んだ。
「……いいですね」
私は笑った。
「本当?」
「はい」
彼は続けた。
「咲いていない花にも、居場所がある」
私は胸が温かくなった。
「……そう」
朔は頷いた。
「それが、今回の作品です」
私は笑った。
「じゃあ、探してくる」
朔は静かに言った。
「お願いします」
私は京都の花材業者に連絡した。
すると、小さな白い蕾のついた枝があるという。
予定していた花とは違う。
けれど、私は写真を見た瞬間、これだと思った。
細い枝。
小さな蕾。
まだ開いていない花。
私はすぐに注文した。
数時間後。
花材が届いた。
私は一本ずつ状態を確認した。
そして、朔の前に置いた。
「……どう?」
彼は静かに見つめた。
そして、微笑んだ。
「……美しい」
私は胸が高鳴った。
朔は続けた。
「小春」
「何?」
「あなたが、生けてください」
私は息を止めた。
「……私が?」
「はい」
彼は頷いた。
「この作品の最後の花は、あなたに任せたい」
私は何も言えなかった。
これまで、朔の作品を手伝ったことはあった。
けれど、最後の一輪を任されるのは、初めてだった。
私は少し緊張した。
「……本当に、いいの?」
朔は微笑んだ。
「もちろん」
そして、静かに言った。
「これは、僕たちの作品です」
私はゆっくり頷いた。
「……わかった」
私は花を手に取った。
細い枝。
小さな蕾。
まだ咲いていない花。
私は作品の前に立った。
中央の曲がった枝。
足元の苔。
小さな石。
その間に、静かな空間があった。
私は深呼吸した。
そして、蕾の枝をそっと置いた。
少し角度を変える。
光の方向を見る。
水の位置を確認する。
そして、手を離した。
その瞬間。
作品の空気が変わった。
大きな枝の下。
小さな蕾が、静かに空を向いていた。
私は息を止めた。
「……できた」
朔は何も言わなかった。
ただ、作品を見つめていた。
長い沈黙。
そして。
「……小春」
彼の声が震えた。
私は振り返った。
「……何?」
朔は静かに微笑んだ。
「ありがとう」
私は胸が熱くなった。
「……うん」
彼は作品を見つめた。
「これが、僕たちの花です」
私は頷いた。
「……そうだね」
そのとき。
背後から拍手が聞こえた。
振り返る。
そこには、真田が立っていた。
「……いいじゃねえか」
私は少し照れた。
「ありがとうございます」
真田は笑った。
「ちゃんと、二人の作品になったな」
朔も微笑んだ。
「はい」
私たちは完成した作品を見つめた。
中央の曲がった枝。
足元の苔。
小さな石。
そして、まだ咲いていない蕾。
題名は『居場所』。
誰かに選ばれなくても。
誰かに認められなくても。
花には、咲く場所がある。
そのことを、私たちは形にしたかった。
けれど。
作品が完成した直後。
会場の事務局から、一通の通知が届いた。
『展示作品に関する確認事項』
私は眉をひそめた。
封筒を開く。
そこには、こう書かれていた。
『貴作品の制作過程について、出展規定に抵触する可能性があるとの申告がありました。』
私は息を止めた。
続きを読む。
『特に、久遠朔氏が制作の主要部分を第三者に委ねている点について、審査対象となります。』
私は何も言えなかった。
朔の右手。
真田の協力。
私の共同制作。
それらは、事前に申告していたはずだった。
私は朔を見た。
彼は静かに書類を受け取った。
そして、目を通した。
しばらく沈黙。
やがて。
「……そうですか」
彼は静かに言った。
私は不安になった。
「……朔」
彼は私を見た。
そして、微笑んだ。
「大丈夫です」
私は息を止めた。
朔は続けた。
「僕たちは、何も隠していません」
私は頷いた。
「……うん」
彼は静かに言った。
「だから、説明しましょう」
私は胸が熱くなった。
「……そうだね」
私たちは顔を見合わせた。
そして、頷いた。
そのころ。
久遠征臣は、自分の展示区画で一人の男性と話していた。
京都華道展の審査関係者だった。
征臣は静かに言った。
「……問題は、ありませんか」
男性は少し困った顔をした。
「規定上、共同制作は認められています」
征臣は頷いた。
「そうでしょうね」
男性は続けた。
「ただし、主たる制作者の役割については、確認が必要です」
征臣は静かに微笑んだ。
「公平な審査をお願いします」
男性は頭を下げた。
「もちろんです」
男が去ったあと。
征臣は巨大な松の作品を見上げた。
黒い花器。
白い菊。
完璧な均衡。
そして、圧倒的な存在感。
征臣は静かに呟いた。
「……朔」
その声には、冷たいものがあった。
「自分の手で花を生けられない者が、華道家を名乗れると思うな」
京都華道展まで、あと二日。
本番を前に、最後の試練が始まろうとしていた。
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