少女漫画より不純な恋!
第1話 解釈不一致です!!!
◯モノローグ
私、四葉藍奈には、誰にも言えない――というほどでもないけれど、
ちょっとだけ人に言うのが恥ずかしい夢がある。
それは、漫画家になること。
それも、少女漫画家。
小さい頃から漫画が好きだった。
泣いたり、笑ったり、胸がぎゅっと締めつけられたり。
ページをめくるだけで、会ったこともない誰かの恋を、自分のことみたいに感じられる。
そんな漫画を、自分も描いてみたい。
そう思って、高校に入ってすぐ、
私は友達の綿貫澪を誘って漫画研究同好会――通称、漫研を立ち上げたんだ。
〇学校・廊下(昼休み)
廊下を歩く四葉藍奈と綿貫澪。
すると、前方から女子たちのざわめきが聞こえてくる。
人だかりの中心にいたのは、ひとりの男子だった。
女子A「晴臣くん!」
女子B「あ、いた!」
女子A「これ!調理実習で作ったの!」
依「わ、美味しそ。」
依、人懐っこく笑って
「ありがと!」
依、パクっと口にした。
依「ん!めっちゃ美味しい。」
女子A「ほんと!?」
女子A、嬉しそうに笑う。
依、顔を近づけて軽く片目を閉じた。
依「.......紗奈ちゃんが作ってくれたから、余計にね。」
女子A、周囲にキャーキャー騒ぎ立てられ真っ赤になる。
晴臣 依。
学校では知らない人間はいないほどの有名人。
成績優秀。
運動神経抜群。
容姿端麗。
しかも性格までいい。
女子からは、密かにこう呼ばれている。
――完璧プリンス。
澪「……相変わらずすごいね」
藍奈「うん……」
藍奈、足を止めた。
依は、誰に話しかけられても嫌な顔ひとつしない。
むしろ楽しそうに笑っている。
依「また作って。すっごい美味しかった」
女子A「ほんと!?じゃあまた作ってくる!!」
依「ん。楽しみにしてる」
その笑顔を見ていると、本当に漫画の中から出てきた王子様みたいだった。
藍奈、思わずじっと見つめる。
藍奈「……」
もし。
もし、自分の漫画にこんな男の子がいたら。
絶対に人気が出るだろう。
読者から「理想の彼氏!」って言われて、きっとファンだっていっぱい付く。
ヒロインを一途に想って。
困ったときには助けてくれて。
最後には――。
澪「――奈。藍奈?」
藍奈「……え?」
藍奈、澪に呼ばれて、我に返る。
澪「相変わらずすっごいねぇ、晴臣くん。」
藍奈「……ね。」
澪「すーっごいガン見するじゃん」
藍奈「ち、違うよ!漫画家志望の魂が疼くっていうか!」
澪「ふーん。
まぁ、実際少女マンガのヒーローみたいだもんねぇ、晴臣くん。」
藍奈「そうそう、王子様系男子!
ああいう完璧な人、漫画に出したいじゃん!」
澪「……藍奈って、ああいうタイプ好きそう」
藍奈「えっ!?ち、違うよ!」
藍奈、慌てて首を振る。
藍奈「晴臣くんは空の上の人でしょ?
私はもっとこう......一緒にいて楽しい人がいいもん。」
澪「漫画家のくせに相変わらずな現実思考〜。」
藍奈「何それ!」
〇北校舎・漫画研究同好会(放課後)
ほとんど人の来ない北校舎の空き教室。
壁には漫画のポスター。
本棚には少女漫画。
机の上には大量の原稿用紙。
藍奈と澪が向かい合って座っている。
藍奈、ペンが止まる。
澪「まーた描けないの?」
藍奈「うーん……」
藍奈、描きかけの原稿を見つめる。
そこには向かい合う男女。
ヒーローがヒロインに告白する直前の場面。
その先だけが真っ白。
藍奈「……ここ」
澪「告白シーン?」
藍奈「そう」
澪「少女漫画、死ぬほど読んでるじゃん」
藍奈「読んでるけどさぁ......。」
澪「じゃあ描けるでしょ」
藍奈「それが描けないから悩んでるんだってば!」
藍奈、頭を抱える。
藍奈「頭では分かってるんだよ。どういう展開が王道とか、どういう台詞が人気とか……」
藍奈「でも、実際どんな気持ちなのか分からない」
澪「……恋愛経験ないもんねぇ」
藍奈「うん」
藍奈「告白されたこともないし」
澪「うん」
藍奈「付き合ったこともないし」
澪「うん」
藍奈「手だって繋いだことないし」
澪「……うん」
藍奈「壁ドンされたこともない」
澪「最後のは普通ないよ」
藍奈「でも少女漫画ではあるじゃん!」
澪「あんた現実主義者なくせに、
変なとこ漫画と現実をごっちゃにしないで」
藍奈「分かってるよ!」
藍奈、机に突っ伏す。
藍奈「でも……。
恋愛、経験してみたいなあ」
〇北校舎・廊下(放課後)
藍奈、一人で部室へ向かって歩いている。
藍奈(今日こそ、原稿進めないと……)
藍奈(告白シーン、なんとか描きたい)
いつもの空き教室の前に到着。
ドアノブに手をかける。
その瞬間――。
依「なに、彼女ってどれのこと?」
藍奈「……?」
聞き覚えのある声に、藍奈の手が止まる。
依「あー、ロングの?」
依「そ。別れた別れた」
藍奈「…………え?」
藍奈、ドア越しに聞き耳を立てる。
夏木涼「また浮気バレたのかよ……」
藍奈「……!」
夏木「言っとくけど俺、お前のこと軽蔑はしてっかんな」
依「ひっでぇ〜」
依「俺はみんなの気持ちに答えてあげてるだけじゃん」
夏木「それで六股とか笑えねーよ。馬鹿かお前は」
依「俺みたいなクズに告白してくる奴らが悪くね。
断るのも可哀想でしょ」
夏木「人前では猫被ってるくせによく言うわ」
藍奈「…………」
『六股』
『浮気』
『彼女』
『別れた』
藍奈の脳内を言葉が駆け巡る。
藍奈(……え?)
藍奈(晴臣くんが?)
藍奈(六股……?)
藍奈(そもそも彼女いたんだ)
藍奈の中で、これまでの依のイメージが崩れていく。
藍奈(……いや)
藍奈(そんなわけ……)
藍奈(だって、晴臣くんは――)
昼休みに見た、爽やかな笑顔。
女子に優しく声をかける姿。
藍奈(……少女漫画の、王子様みたいな……)
藍奈、気づけば勢いのままにドアを開けて飛び込んでいた。
ガラッ!
藍奈「.......っ、か、解釈違いです!!!!」
教室内にいた依と夏木が振り返る。
依「……は?」
依、ぽかんとする。
夏木「……ぶっ」
夏木、吹き出す。
藍奈「だから....解釈違いです!!」
依「いや、聞き返したわけじゃないよ」
藍奈「いっ.....イメージと違いすぎます....!!!」
依「あっそう」
藍奈「もっとこう....王子様っぽいんじゃ.....っ!」
依「……王子様ねぇ」
依、口元を上げる。
藍奈「誠実で!一途で!女の子に優しくて!絶対に浮気なんかしない、少女漫画のヒーローみたいな――」
依「へえ」
藍奈「……!」
依「じゃあ、今は?」
藍奈「…………」
藍奈「解釈違いのクズです」
依「あはは、落差すっげぇ〜。」
藍奈「笑い事じゃありません!」
藍奈、勢いよく言い切る。
しかし――。
数秒後。
藍奈「…………」
藍奈(……あれ?)
藍奈(普通に考えたら、私、とんでもない相手にケンカ売ったのでは……?)
相手は学校一の人気者。
対して自分は、漫画研究同好会の二年生。
しかもここは、ほとんど人の来ない北校舎。
藍奈の額に、じわりと冷や汗。
藍奈「…………」
藍奈(まずい)
藍奈(ものすごく、まずい気がする)
藍奈「……あの」
藍奈「今のは、その……」
依「んー?」
依、藍奈の言い訳を聞くより先に、ドサッとソファへ座る。
そのまま背もたれに体を預ける。
依「……ふぁ」
大きなあくび。
藍奈「…………」
依、眠そうに目をこする。
依「あーあ、バレたか」
藍奈(……え?)
あまりにも軽い。
まるで大したことではないかのような態度。
依「くそだる。」
依、ソファの背もたれから顔だけ出して夏木を見る。
夏木「……」
夏木、目を細める。
依「ナーツ〜〜」
夏木「……うっせぇ」
依「助けてよ」
夏木「嫌に決まってんだろ」
夏木「クズオミの自業自得」
依「え〜、冷た~い」
依「てかナツ、クズオミって何よ。
最悪のネーミングじゃんか」
夏木「クソオミとクズオミとゲスオミ、どれがいい?」
依「どれもカスじゃん。
強いて言うなら語呂がいいゲスオミ〜。」
夏木「馬鹿じゃね」
夏木呆れたように視線を逸らす。
藍奈(……この人)
藍奈(本当に……天性のクズだ)
依、改めて教室を見回す。
依「……つか」
依「ここ、空き教室じゃなかったんだ」
藍奈「.....違います。漫研のれっきとした部室ですから」
藍奈、ちょっとむすっとした顔。
依「漫研?」
藍奈「そうです!」
依「へえ。いいじゃん、漫画。」
依「君も描くの?」
藍奈「それは―――」
藍奈、机の上に置かれた原稿を見る。
藍奈「ちょっ……見ないでください!」
依、原稿をひょいと持ち上げる。
依「これ、君が描いたやつ?」
藍奈「かっ、返してください!」
依「へぇ〜、絵上手いじゃん」
藍奈「だから返して!」
依「これ少女漫画?」
藍奈「っ……そうですけど!!」
依「すごいじゃん。
将来の夢は漫画家?」
藍奈「…………」
藍奈、観念して頷く。
藍奈「……はい」
依「へぇ」
依、原稿をめくる。
依「じゃあ、君は漫画家志望なんだ」
藍奈「……そうです」
依「でも」
依、原稿の途中で指を止める。
依「ここ、描きかけだね」
藍奈「……!」
藍奈、慌てて原稿を取り返す。
依「ちょうど告白のシーンだ」
藍奈「……はい」
依「描かないの?」
藍奈「…………」
藍奈「……私、恋愛したことないので」
依「へえ」
藍奈「だから、頭では分かってても……実際にどんな気持ちになるのか分からなくて」
藍奈「それで、リアリティのあるシーンが描けないんです」
依「なるほどね~」
依、少し考える。
そして――。
依「あ、そーだ。
天才的なこと思いついた」
藍奈「?」
依、悪い顔で笑う。
依「俺は本性をバラされたら困る」
依「君は漫画が描けなくて困ってる」
依、人差し指を立てる。
依「じゃあさぁ――」
依、ニッと笑う。
依「俺の秘密をバラさない代わりに」
依「一日一回、君に胸キュンシーンを体験させてあげる……っていうのはどおよ?」
藍奈「へ……」
藍奈、ぽかん。
夏木「…………アホの発想じゃねぇか」
依「ひっでぇ。
俺渾身のアイデアなんだけど」
夏木「どう考えてもアホだろ」
依「でもこのコ、恋愛シーン描けるようになるかもしんねーじゃん」
夏木「お前は本性バラされて社会的に詰め」
依「えー?ナツのツンデレ〜。
それにほら。俺、こういうの得意じゃん」
夏木「そこを自分で言うあたりが腹立つ」
依「あはは」
依、楽しそうに笑う。
依「で......どう?君」
藍奈「……え?」
依「俺と一緒に、漫画のネタ作り。」
依、ニッと笑う。
依「俺なら、上質な恋愛体験させてあげられるけど?」
藍奈「…………」
藍奈、考え込む。
机の上に置かれた描きかけの原稿を見る。
藍奈(漫画家として、一歩進めるかもしれない)
藍奈「……一日、一回?」
依「うん」
藍奈「本当に、それだけ?」
依「それだけ」
藍奈「変なことは......しない?」
依「しないしない」
依「俺、紳士だから」
夏木「どの口が言ってんだよ」
依「あはは」
藍奈「…………」
藍奈「……分かりました」
依「お」
藍奈「やります」
依、へらりと笑う。
依「じゃあ、契約成立ね」
依、藍奈へ手を差し出す。
藍奈、恐る恐るその手を握る。
依「よろしく。
........えーっと....」
藍奈「......藍奈です。四葉藍奈。
……よろしくお願いします」
依「藍奈ちゃんね〜。覚えた覚えた。
.......んじゃ、早速。」
藍奈「?」
依「今日の一シーン、もうやっちゃっていい?」
藍奈「え?」
依「せっかくだし」
依、藍奈との距離を一歩詰める。
藍奈「……?」
依「王道からいくか〜。」
藍奈「……?」
――ドン。
藍奈の背中が壁につく。
藍奈「…………!」
依の腕が、藍奈の顔の横につかれる。
藍奈(これ……壁ドン……っ!?)
藍奈、目を見開く。
依の顔が、すぐ目の前にある。
キスしてしまいそうなくらいに、顔が近い。
藍奈(…………っ)
心臓が、バックンバックン鳴る。
口から飛び出しそうだ。
藍奈(な、なにこれ……!)
さっきまでヘラヘラしていた依。
しかし今は、その面影がない。
真剣な表情で、藍奈を見つめている。
藍奈(……っ)
依、ゆっくりと顔を寄せる。
藍奈「……!」
依の口元が、藍奈の耳元へ。
低く、少し掠れた声。
依「…………顔、真っ赤」
藍奈「――――っ!」
藍奈、完全に固まる。
壁ドン。
至近距離。
真剣な眼差し。
耳元。
低く掠れた声。
『顔、真っ赤』
藍奈(…………っっっっっ!!!)
致死量の少女漫画要素を一気に浴び、限界を迎える。
藍奈「…………」
依「あはは」
依、いつものへらりとした笑顔に戻る。
依「ほんとに真っ赤」
藍奈「~~~~っ!」
藍奈「もう嫌です!!」
依「あははは」
藍奈、真っ赤な顔で依を睨む。
藍奈「……ほんっとに、性格悪い」
依「そー?」
依、へらへら笑う。
しかし、その目だけが。
ほんの少し、楽しそうに細められていた。
私、四葉藍奈には、誰にも言えない――というほどでもないけれど、
ちょっとだけ人に言うのが恥ずかしい夢がある。
それは、漫画家になること。
それも、少女漫画家。
小さい頃から漫画が好きだった。
泣いたり、笑ったり、胸がぎゅっと締めつけられたり。
ページをめくるだけで、会ったこともない誰かの恋を、自分のことみたいに感じられる。
そんな漫画を、自分も描いてみたい。
そう思って、高校に入ってすぐ、
私は友達の綿貫澪を誘って漫画研究同好会――通称、漫研を立ち上げたんだ。
〇学校・廊下(昼休み)
廊下を歩く四葉藍奈と綿貫澪。
すると、前方から女子たちのざわめきが聞こえてくる。
人だかりの中心にいたのは、ひとりの男子だった。
女子A「晴臣くん!」
女子B「あ、いた!」
女子A「これ!調理実習で作ったの!」
依「わ、美味しそ。」
依、人懐っこく笑って
「ありがと!」
依、パクっと口にした。
依「ん!めっちゃ美味しい。」
女子A「ほんと!?」
女子A、嬉しそうに笑う。
依、顔を近づけて軽く片目を閉じた。
依「.......紗奈ちゃんが作ってくれたから、余計にね。」
女子A、周囲にキャーキャー騒ぎ立てられ真っ赤になる。
晴臣 依。
学校では知らない人間はいないほどの有名人。
成績優秀。
運動神経抜群。
容姿端麗。
しかも性格までいい。
女子からは、密かにこう呼ばれている。
――完璧プリンス。
澪「……相変わらずすごいね」
藍奈「うん……」
藍奈、足を止めた。
依は、誰に話しかけられても嫌な顔ひとつしない。
むしろ楽しそうに笑っている。
依「また作って。すっごい美味しかった」
女子A「ほんと!?じゃあまた作ってくる!!」
依「ん。楽しみにしてる」
その笑顔を見ていると、本当に漫画の中から出てきた王子様みたいだった。
藍奈、思わずじっと見つめる。
藍奈「……」
もし。
もし、自分の漫画にこんな男の子がいたら。
絶対に人気が出るだろう。
読者から「理想の彼氏!」って言われて、きっとファンだっていっぱい付く。
ヒロインを一途に想って。
困ったときには助けてくれて。
最後には――。
澪「――奈。藍奈?」
藍奈「……え?」
藍奈、澪に呼ばれて、我に返る。
澪「相変わらずすっごいねぇ、晴臣くん。」
藍奈「……ね。」
澪「すーっごいガン見するじゃん」
藍奈「ち、違うよ!漫画家志望の魂が疼くっていうか!」
澪「ふーん。
まぁ、実際少女マンガのヒーローみたいだもんねぇ、晴臣くん。」
藍奈「そうそう、王子様系男子!
ああいう完璧な人、漫画に出したいじゃん!」
澪「……藍奈って、ああいうタイプ好きそう」
藍奈「えっ!?ち、違うよ!」
藍奈、慌てて首を振る。
藍奈「晴臣くんは空の上の人でしょ?
私はもっとこう......一緒にいて楽しい人がいいもん。」
澪「漫画家のくせに相変わらずな現実思考〜。」
藍奈「何それ!」
〇北校舎・漫画研究同好会(放課後)
ほとんど人の来ない北校舎の空き教室。
壁には漫画のポスター。
本棚には少女漫画。
机の上には大量の原稿用紙。
藍奈と澪が向かい合って座っている。
藍奈、ペンが止まる。
澪「まーた描けないの?」
藍奈「うーん……」
藍奈、描きかけの原稿を見つめる。
そこには向かい合う男女。
ヒーローがヒロインに告白する直前の場面。
その先だけが真っ白。
藍奈「……ここ」
澪「告白シーン?」
藍奈「そう」
澪「少女漫画、死ぬほど読んでるじゃん」
藍奈「読んでるけどさぁ......。」
澪「じゃあ描けるでしょ」
藍奈「それが描けないから悩んでるんだってば!」
藍奈、頭を抱える。
藍奈「頭では分かってるんだよ。どういう展開が王道とか、どういう台詞が人気とか……」
藍奈「でも、実際どんな気持ちなのか分からない」
澪「……恋愛経験ないもんねぇ」
藍奈「うん」
藍奈「告白されたこともないし」
澪「うん」
藍奈「付き合ったこともないし」
澪「うん」
藍奈「手だって繋いだことないし」
澪「……うん」
藍奈「壁ドンされたこともない」
澪「最後のは普通ないよ」
藍奈「でも少女漫画ではあるじゃん!」
澪「あんた現実主義者なくせに、
変なとこ漫画と現実をごっちゃにしないで」
藍奈「分かってるよ!」
藍奈、机に突っ伏す。
藍奈「でも……。
恋愛、経験してみたいなあ」
〇北校舎・廊下(放課後)
藍奈、一人で部室へ向かって歩いている。
藍奈(今日こそ、原稿進めないと……)
藍奈(告白シーン、なんとか描きたい)
いつもの空き教室の前に到着。
ドアノブに手をかける。
その瞬間――。
依「なに、彼女ってどれのこと?」
藍奈「……?」
聞き覚えのある声に、藍奈の手が止まる。
依「あー、ロングの?」
依「そ。別れた別れた」
藍奈「…………え?」
藍奈、ドア越しに聞き耳を立てる。
夏木涼「また浮気バレたのかよ……」
藍奈「……!」
夏木「言っとくけど俺、お前のこと軽蔑はしてっかんな」
依「ひっでぇ〜」
依「俺はみんなの気持ちに答えてあげてるだけじゃん」
夏木「それで六股とか笑えねーよ。馬鹿かお前は」
依「俺みたいなクズに告白してくる奴らが悪くね。
断るのも可哀想でしょ」
夏木「人前では猫被ってるくせによく言うわ」
藍奈「…………」
『六股』
『浮気』
『彼女』
『別れた』
藍奈の脳内を言葉が駆け巡る。
藍奈(……え?)
藍奈(晴臣くんが?)
藍奈(六股……?)
藍奈(そもそも彼女いたんだ)
藍奈の中で、これまでの依のイメージが崩れていく。
藍奈(……いや)
藍奈(そんなわけ……)
藍奈(だって、晴臣くんは――)
昼休みに見た、爽やかな笑顔。
女子に優しく声をかける姿。
藍奈(……少女漫画の、王子様みたいな……)
藍奈、気づけば勢いのままにドアを開けて飛び込んでいた。
ガラッ!
藍奈「.......っ、か、解釈違いです!!!!」
教室内にいた依と夏木が振り返る。
依「……は?」
依、ぽかんとする。
夏木「……ぶっ」
夏木、吹き出す。
藍奈「だから....解釈違いです!!」
依「いや、聞き返したわけじゃないよ」
藍奈「いっ.....イメージと違いすぎます....!!!」
依「あっそう」
藍奈「もっとこう....王子様っぽいんじゃ.....っ!」
依「……王子様ねぇ」
依、口元を上げる。
藍奈「誠実で!一途で!女の子に優しくて!絶対に浮気なんかしない、少女漫画のヒーローみたいな――」
依「へえ」
藍奈「……!」
依「じゃあ、今は?」
藍奈「…………」
藍奈「解釈違いのクズです」
依「あはは、落差すっげぇ〜。」
藍奈「笑い事じゃありません!」
藍奈、勢いよく言い切る。
しかし――。
数秒後。
藍奈「…………」
藍奈(……あれ?)
藍奈(普通に考えたら、私、とんでもない相手にケンカ売ったのでは……?)
相手は学校一の人気者。
対して自分は、漫画研究同好会の二年生。
しかもここは、ほとんど人の来ない北校舎。
藍奈の額に、じわりと冷や汗。
藍奈「…………」
藍奈(まずい)
藍奈(ものすごく、まずい気がする)
藍奈「……あの」
藍奈「今のは、その……」
依「んー?」
依、藍奈の言い訳を聞くより先に、ドサッとソファへ座る。
そのまま背もたれに体を預ける。
依「……ふぁ」
大きなあくび。
藍奈「…………」
依、眠そうに目をこする。
依「あーあ、バレたか」
藍奈(……え?)
あまりにも軽い。
まるで大したことではないかのような態度。
依「くそだる。」
依、ソファの背もたれから顔だけ出して夏木を見る。
夏木「……」
夏木、目を細める。
依「ナーツ〜〜」
夏木「……うっせぇ」
依「助けてよ」
夏木「嫌に決まってんだろ」
夏木「クズオミの自業自得」
依「え〜、冷た~い」
依「てかナツ、クズオミって何よ。
最悪のネーミングじゃんか」
夏木「クソオミとクズオミとゲスオミ、どれがいい?」
依「どれもカスじゃん。
強いて言うなら語呂がいいゲスオミ〜。」
夏木「馬鹿じゃね」
夏木呆れたように視線を逸らす。
藍奈(……この人)
藍奈(本当に……天性のクズだ)
依、改めて教室を見回す。
依「……つか」
依「ここ、空き教室じゃなかったんだ」
藍奈「.....違います。漫研のれっきとした部室ですから」
藍奈、ちょっとむすっとした顔。
依「漫研?」
藍奈「そうです!」
依「へえ。いいじゃん、漫画。」
依「君も描くの?」
藍奈「それは―――」
藍奈、机の上に置かれた原稿を見る。
藍奈「ちょっ……見ないでください!」
依、原稿をひょいと持ち上げる。
依「これ、君が描いたやつ?」
藍奈「かっ、返してください!」
依「へぇ〜、絵上手いじゃん」
藍奈「だから返して!」
依「これ少女漫画?」
藍奈「っ……そうですけど!!」
依「すごいじゃん。
将来の夢は漫画家?」
藍奈「…………」
藍奈、観念して頷く。
藍奈「……はい」
依「へぇ」
依、原稿をめくる。
依「じゃあ、君は漫画家志望なんだ」
藍奈「……そうです」
依「でも」
依、原稿の途中で指を止める。
依「ここ、描きかけだね」
藍奈「……!」
藍奈、慌てて原稿を取り返す。
依「ちょうど告白のシーンだ」
藍奈「……はい」
依「描かないの?」
藍奈「…………」
藍奈「……私、恋愛したことないので」
依「へえ」
藍奈「だから、頭では分かってても……実際にどんな気持ちになるのか分からなくて」
藍奈「それで、リアリティのあるシーンが描けないんです」
依「なるほどね~」
依、少し考える。
そして――。
依「あ、そーだ。
天才的なこと思いついた」
藍奈「?」
依、悪い顔で笑う。
依「俺は本性をバラされたら困る」
依「君は漫画が描けなくて困ってる」
依、人差し指を立てる。
依「じゃあさぁ――」
依、ニッと笑う。
依「俺の秘密をバラさない代わりに」
依「一日一回、君に胸キュンシーンを体験させてあげる……っていうのはどおよ?」
藍奈「へ……」
藍奈、ぽかん。
夏木「…………アホの発想じゃねぇか」
依「ひっでぇ。
俺渾身のアイデアなんだけど」
夏木「どう考えてもアホだろ」
依「でもこのコ、恋愛シーン描けるようになるかもしんねーじゃん」
夏木「お前は本性バラされて社会的に詰め」
依「えー?ナツのツンデレ〜。
それにほら。俺、こういうの得意じゃん」
夏木「そこを自分で言うあたりが腹立つ」
依「あはは」
依、楽しそうに笑う。
依「で......どう?君」
藍奈「……え?」
依「俺と一緒に、漫画のネタ作り。」
依、ニッと笑う。
依「俺なら、上質な恋愛体験させてあげられるけど?」
藍奈「…………」
藍奈、考え込む。
机の上に置かれた描きかけの原稿を見る。
藍奈(漫画家として、一歩進めるかもしれない)
藍奈「……一日、一回?」
依「うん」
藍奈「本当に、それだけ?」
依「それだけ」
藍奈「変なことは......しない?」
依「しないしない」
依「俺、紳士だから」
夏木「どの口が言ってんだよ」
依「あはは」
藍奈「…………」
藍奈「……分かりました」
依「お」
藍奈「やります」
依、へらりと笑う。
依「じゃあ、契約成立ね」
依、藍奈へ手を差し出す。
藍奈、恐る恐るその手を握る。
依「よろしく。
........えーっと....」
藍奈「......藍奈です。四葉藍奈。
……よろしくお願いします」
依「藍奈ちゃんね〜。覚えた覚えた。
.......んじゃ、早速。」
藍奈「?」
依「今日の一シーン、もうやっちゃっていい?」
藍奈「え?」
依「せっかくだし」
依、藍奈との距離を一歩詰める。
藍奈「……?」
依「王道からいくか〜。」
藍奈「……?」
――ドン。
藍奈の背中が壁につく。
藍奈「…………!」
依の腕が、藍奈の顔の横につかれる。
藍奈(これ……壁ドン……っ!?)
藍奈、目を見開く。
依の顔が、すぐ目の前にある。
キスしてしまいそうなくらいに、顔が近い。
藍奈(…………っ)
心臓が、バックンバックン鳴る。
口から飛び出しそうだ。
藍奈(な、なにこれ……!)
さっきまでヘラヘラしていた依。
しかし今は、その面影がない。
真剣な表情で、藍奈を見つめている。
藍奈(……っ)
依、ゆっくりと顔を寄せる。
藍奈「……!」
依の口元が、藍奈の耳元へ。
低く、少し掠れた声。
依「…………顔、真っ赤」
藍奈「――――っ!」
藍奈、完全に固まる。
壁ドン。
至近距離。
真剣な眼差し。
耳元。
低く掠れた声。
『顔、真っ赤』
藍奈(…………っっっっっ!!!)
致死量の少女漫画要素を一気に浴び、限界を迎える。
藍奈「…………」
依「あはは」
依、いつものへらりとした笑顔に戻る。
依「ほんとに真っ赤」
藍奈「~~~~っ!」
藍奈「もう嫌です!!」
依「あははは」
藍奈、真っ赤な顔で依を睨む。
藍奈「……ほんっとに、性格悪い」
依「そー?」
依、へらへら笑う。
しかし、その目だけが。
ほんの少し、楽しそうに細められていた。
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