少女漫画より不純な恋!
第2話 バックハグってやつ?
〇学校・教室(翌朝)

朝のホームルーム前。

自席で頬杖をつき、ぼーっと窓の外を眺める藍奈。

その顔はどこか虚ろ。

藍奈「…………」

澪「…………」

澪、隣の席から藍奈をじっと見つめる。

藍奈「…………」

澪「…………」

藍奈「…………」

澪「……ねえ」

藍奈「…………」

澪「藍奈」

藍奈「…………」

澪「おーい」

藍奈「…………」

澪、藍奈の目の前で手をひらひらさせる。

藍奈「…………」

澪「……死んでる?」

藍奈「生きてる」

澪「びっくりした」

藍奈「…………」

澪「で?」

藍奈「……はい」

澪「ほんとになにがあったの」

藍奈「…………」

藍奈、再び窓の外を見る。

藍奈「…………」

藍奈、昨日の出来事を思い出そうとする。

――『解釈違いです!!!!』

――『あーあ、バレちゃった~』

――『クズオミの自業自得』

――『俺の秘密をバラさない代わりに、一日一回、藍奈ちゃんに胸キュンシーンを体験させてあげる』

――『王道からいこっか』

藍奈「…………」

藍奈、無言で両手で顔を覆う。

澪「え、何?」

藍奈「……全部忘れたい」

澪「何を?」

藍奈「…………」

藍奈、机に突っ伏す。

藍奈「……昨日、晴臣くんの秘密を知りました」

澪「…………は?」

澪、一瞬固まる。

澪「晴臣くんって……あの?」

藍奈「うん」

澪「完璧プリンス?」

藍奈「うん」

澪「藍奈が昨日まで『漫画の資料にしたい』って言ってた?」

藍奈「まぁ……うん...」

藍奈(今となっては黒歴史.....っ)

澪「……秘密って何?」

藍奈「………………………すっっっっっ....ごいクズだったの。」

澪「…………」

澪「は?」

藍奈「六股してたし」

澪「…………」

澪「……は、六股?」

藍奈「うん」

澪「…………」

澪「……何で?」

藍奈「私が聞きたい」

澪、額を抑えて?の顔。

澪「ちょっと待って。情報量が多い」

藍奈「私もそう思う」

澪「なんで藍奈がそんなこと知ってんの?」

藍奈「部室に行ったら.....なんかいたの」

澪「誰が?」

藍奈「晴臣くんと……黒髪の男の子」

澪「黒髪?」

澪、少し眉を寄せて考え込んだ。

澪「いや誰」

藍奈「えっと....確か、夏木......涼くん、だったかな」

澪「……え」

藍奈「知ってる?」

澪「知ってるも何も!」

澪、身を乗り出して。

澪「晴臣くんといつも一緒にいる人でしょ?」

藍奈「あぁ、そうそう」

澪「目つき悪くて、女子への対応がめちゃくちゃ塩な人」

澪、けらけら笑いながら

藍奈「あ、そうなの?」

藍奈、少し絵面を想像してくすりと笑って

澪「……あの人、結構モテるのにね」

藍奈「本人は全然気にしてなさそうだった」

澪「だろうね」

藍奈「で、その夏木くんが晴臣くんのこと『クズオミ』って呼んでて」

澪「クズオミ?」

藍奈「うん」

澪「あっははは!ぴったりじゃん!」

藍奈、昨日のことを思い出そうとして眉間に皺を寄せる。

藍奈「……それから、いろいろ話して」

澪「うん」

澪、涙を拭いながらうなずく

藍奈「同い年なのになんで敬語なの、とか」

澪「っ、あはは。そこ?

藍奈、初対面の人にはいっつも敬語だもんね」

藍奈「……それから」

藍奈、止まる。

澪「それから?」

藍奈「…………」

藍奈、じわじわと顔が赤くなる。

澪「……藍奈?」

藍奈「……壁ドン、された」

澪「…………」

澪「…………はい?」

藍奈「壁ドン」

澪「…………」

澪「誰に?」

藍奈「晴臣くん」

澪「…………」

澪、絶句。

藍奈「…………」

澪「…………」

藍奈「…………」

澪「……ちょっ....とまって」

澪「なんで壁ドンされたの?」

藍奈「漫画の参考に....」

澪「…………」

澪「は?」

澪、あんぐりと口を開けている。

藍奈「漫画の参考に、しろって」

澪「…………」

澪「……ほんとになにがあったの?」

藍奈「私も分かんない……」

藍奈、再び机に突っ伏す。

藍奈(……今日も……)

昨日の依の言葉が蘇る。

『俺の秘密をバラさない代わりに』

『一日一回、藍奈ちゃんに胸キュンシーンを体験させてあげる』

藍奈「…………」

藍奈(今日も、やるの……?)

その瞬間。

教室の前方が、にわかに騒がしくなる。

女子1「晴臣くん、おはよー!」

女子2「今日もかっこいい!」

藍奈「…………!」

思わず顔を上げる。

教室の入り口。

そこには――。

いつもの爽やかな笑顔を浮かべた、晴臣依。

女子たちに囲まれながら、にこやかに挨拶を返している。

依「おはよ」

藍奈「…………」

昨日とはまるで別人。

完璧な王子様。

藍奈(……あの顔)

藍奈(昨日のこと、夢だったんじゃ……)

依がふと、教室の中へ視線を向ける。

そして。

藍奈と目が合う。

「…………」

依が、にこっと笑った。

藍奈「…………っ」

その笑顔のまま。

依が、口だけを動かす。

『あとでね』

藍奈「――――!」

顔が一気に赤くなる。

澪「……藍奈?」

藍奈「な、なんでもない!」

澪「……ほんと?」

藍奈「なんでもない!」

藍奈(夢じゃなかった……っ)

〇学校・北校舎・漫研部室前(放課後)

放課後。

藍奈と澪が、いつものように漫研の部室へ向かう。

藍奈がポケットから鍵を取り出し、部室のドアを開けようとする。

ガチャ。

藍奈「……よし」

その瞬間。

澪「…………」

澪の動きが止まる。

藍奈「?澪?」

澪は藍奈ではなく、その後ろを見ている。

藍奈「……?」

振り返ろうとした、そのとき。

後ろから、ぎゅうっと抱きしめられる。

藍奈「――――っ!?」

藍奈、ピシッと硬直。

背中にぴったりと密着する体温。

依「やっほ〜藍奈ちゃん」

藍奈「なっ……何してるんですか!!」

依「ん?」

藍奈「離れてください!」

依「んー、やだ。」

藍奈「はぁ.....っ!?」

依「いーじゃんいーじゃん、俺らの仲だし〜。」

その直後。

ゴンッ!

依「い゛っ……!」

依の頭に、げんこつが落ちる。

夏木「TPOわきまえろどアホ」

依「痛いんだけど!!」

依、後頭部を抑えて少し大袈裟に涙目で振り返る

夏木「痛くしてんだよ」

夏木、棒付きのアメを舐めながら、呆れ顔。

そのまま依の襟元を掴み、藍奈から引き剥がす。

依「ナツの石頭〜。」

夏木「お前の頭が花畑すぎんの。」

依「まだ何もしてないのに」

夏木「出会い頭にバックハグは十分してんだろ」

依「あっはは、ナツってば純粋〜。」

夏木「おーし。

げんこつ×200回コースな、わかったわかった。」

依「も〜、ナツったら顔が怖...い......え、冗談だよね?」

依、そろそろと後退り。

藍奈「…………」

藍奈、真っ赤な顔で固まっている。

そして。

澪「…………」

澪も、ぽかん。

澪、ゆっくり藍奈を見る。

そして。

澪「んなっ……」

澪「ちょ、ちょちょちょ!!!」

藍奈「」

澪「あんたが朝言ってたことって、ほんとだったの!?!?」

藍奈「え?」

澪「秘密知っちゃってマンガの資料がどーとかこーとかってやつ!!!」

藍奈「あ………信じてなかったのね?」

澪「いやだって.....えぇ?」

澪、ニヤつきが止まらない

依「ええ~!」

依、涼から逃げてくると藍奈に駆け寄ってわざとらしく頬を膨らませる。

依「藍奈ちゃん、この子にも言っちゃったの?」

藍奈「えっ」

依「俺との秘密だったのに~」

藍奈「ち、違っ……!」

依、むくれたような顔をしていたかと思えば。

ふっと目を細める。

口角が、ゆっくり上がった。

藍奈「……?」

依、藍奈へ一歩近づく。

藍奈「……な、何ですか」

依、さらに距離を詰める。

そして。

藍奈の耳元へ顔を寄せる。

依「……藍奈ちゃんは、悪い子だね」

藍奈「――――っ!」

ぶわわわわっ!

藍奈の顔が、一瞬で真っ赤になる。

藍奈「~~~~っ!」

慌てて依から飛び退く。

藍奈「な、な、何するんですか!」

依「あはは、純粋な反応とか新鮮~」

藍奈「そっ、そういうの禁止です!」

依「えー。今日まだ一回目やってないよ?」

藍奈、真っ赤な顔で依を睨む。

依は楽しそうに笑っている。

その二人の後ろでは。

涼「…………」

澪「…………」

涼、棒付きのアメを舐めながら澪を見る。

澪も、なんとも言えない顔で涼を見る。

数秒の沈黙。

涼「……ども」

澪「あ、ども……」

涼「夏木涼っす」

澪「綿貫澪ですー....」

涼「……」

澪「……」

二人、なんとなく会釈。

涼「……大変だな」

澪「……どっちかって言うとそっちのほうがじゃ?」

涼「まあ......慣れっすよ」

澪「慣れ……。」

二人、同時に前を見る。

依「だから藍奈ちゃん、今日は何にする?」

藍奈「しません!」

澪「……」

涼「……」

澪「なんか」

涼「ん?」

澪「すごい既視感あるんだけど」

涼「俺も」

二人、謎のシンパシーで頷き合う。

その一方。

藍奈「澪!助けて!」

澪「ごめん、今日は無理」

藍奈「なんで!?」

澪「面白いから」

藍奈「ちょっ、はぁぁ!?」

依「あっはははは!ナツの顔ちょー無愛想!」

夏木の顔を指差して笑い転げる。

涼「うっせぇ……」

イライラとうんざりが混ざった表情。

北校舎に、藍奈の悲鳴と依の笑い声が響いた。

〇学校・北校舎・漫研部室(放課後)

ひとしきり騒いだあと。

四人はようやく落ち着きを取り戻し、漫研の部室へ入る。

藍奈、机の上に鞄を置く。

藍奈「……改めて考えると、四人でこの部室にいるのって初めてですね」

澪「そういえばそうかも」

依「俺、ここ来るの二回目だけど」

藍奈「一回目は勝手に入ってたじゃないですか」

依「あはは」

夏木「……俺は付き添い」

藍奈「付き添い?」

夏木「こいつ一人で来させると、何するか分かんねぇから」

依「ひど」

澪「……なんか分かる」

依「えぇ.....。」

依、適当な椅子に腰掛ける。

夏木もその隣の椅子に座り、棒付きのアメを口にくわえる。

澪「じゃあ、ちゃんと自己紹介しよっか」

藍奈「そうだね」

澪、依と涼を見る。

澪「私は綿貫澪。藍奈とは高校入ってからずっと一緒で、漫研の部員です」

澪「漫画とかアニメとか、そういうの好き」

依「じゃあ次、ナツ〜。」

夏木「……夏木涼」

夏木「こいつとは中学から」

依「腐れ縁ってやつよ」

夏木「お前に言われると腹立つな。

つーか腐ってんのはお前の性格だろーが」

澪「じゃあ晴臣くん」

依「俺?」

依、軽く手を上げる。

依「晴臣依」

依「藍奈ちゃんとは昨日知り合ったばっかり」

藍奈「……そうですね」

依「でも、もう結構仲良し」

藍奈「仲良くないです」

依「あはは」

澪「……この二人、ずっとこんな感じ?」

夏木「たぶん」

藍奈「なんで二人で分かり合ってんの?」

四人の間に、少しだけ笑いが起こる。

藍奈は改めて三人を見回す。

昨日まで、この部室には自分と澪しかいなかった。

それなのに。

今日は、学校の王子様と、その腐れ縁までいる。

藍奈(……なんか)

藍奈(変なことになってきたな……)

依「じゃ、藍奈ちゃん」

藍奈「はい?」

依「今日の体験はどーする〜?」

藍奈「……」

藍奈「その話は忘れてください!」

依「あはは」

夏木「……始まった」

澪「……始まったね」

藍奈「二人とも他人事みたいに言わないで!」

部室に、再び笑い声が響く。
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