放課後、秘密の特別教室。〜イケメンな精霊たちは、私をあきらめない〜
第21章:動き出した時計塔と、忘却の兆し
美術室を覆っていたあのドロドロとした『心の霧』を晴らし、転校生の美咲さんの心を救い出してから、一週間が経とうとしていた。

新館の生徒会室を統べる絶対君主――律くんが五人目の精霊として目覚めてから、私の放課後は以前にも増して賑やかで、心臓がいくつあっても足りない毎日に変わっていた。

「おい、小鳥遊。今日の放課後は生徒会室で新しい予算案のデータ入力を手伝ってもらう。これは生徒会長としての正式な業務命令だ」
「ちょっと待ちなよ、律くん。今日の放課後は、僕の保健室で特製のハーブティを飲みながら、ゆっくりお昼寝させてあげる約束だからね」
「二人とも、非科学的な争いはやめろ。今日の放課後は、理科室でマスターの魔力波形を精密検査する手筈になっている」
「あーっ! またみんなで紬ちゃんを囲んでる! ボクが音楽室で新しいラブソングを聴かせるんだからね!」
「みんな、廊下で騒ぐのは感心しないな。紬ちゃん、図書室には君の好きそうな物語を用意してあるよ」

昼休みの廊下ですれ違うたびに、五人の美少年たちに囲まれて腕や服を引っ張られる。クラスの「空気」だったはずの地味な私には贅沢すぎる、けれど最高に幸せな悲鳴をあげる毎日。

そんな、どこまでも続いてほしかった日常が、ある日の放課後、最悪の形で崩れ去った。

夕日が校舎を真っ赤に染め上げる黄昏時。私たちは図書室に集まっていた。
窓の外に広がる夕焼けが、いつもより異常に赤黒い。澱んだ空気に肌がざわざわとした寒気を感じていた、その時だった。

ゴーーーーン…………。
ゴーーーーン…………。

地響きのような、重々しく悲しい鐘の音が、校舎全体を震わせるようにして鳴り響いた。
それは、旧館の最上階に位置し、もう百年以上も前に歯車が錆びつき、絶対に動かないと言われていた『開かずの時計塔』から響いてくる、本物の真鍮の鐘の音だった。

「な、何の音……!? ボクの身体、どうしちゃったの……?」

突然、隣にいた響くんが短い悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。見ると、彼の白い腕が――まるで薄いガラスのように、向こう側の景色が透けかかっている。

「くっ……! 頭が……割れるように痛む……!」

蓮くんがメガネを落とし、頭を抱えて激しく喘ぎ始めた。千歳くんも壁に背中を預けて荒い息を吐き、司くんの持つ古い本の文字が、生き物のようにページから剥がれ落ちて白紙へと変わっていく。

「静粛にしろ……! ああ、僕の、学校の秩序が……!」

律くんの金色のバッジも、今にも消え入りそうに点滅していた。

「みんな……! どうしちゃったの!?」

私が胸のポケットから真鍮の鍵を取り出すと、その表面には、見たこともない幾何学模様の紋章が鈍く赤色に浮かび上がっていた。

「……マスター」

蓮くんが、掠れた声で私を見上げた。その瞳には、私を拒絶するような、冷え切った響きが混ざり合っていた。

「君は……一体、誰だ……? 僕たちは……なぜ、ここに……」

「え……?」

私の心臓が、冷たく凍りついた。蓮くんだけじゃない。千歳くんも、律くんも、響くんも、みんなが急に感情の抜け落ちた硝子のような瞳で、私のことを『見知らぬ他人』として見つめているのだ。

「……お嬢さん、泣かないで」

重苦しい沈黙の中、司くんだけが静かに私を見つめていた。

「『黄昏の時計塔』……あれは百年前、精霊たちと初代マスターの間で交わされた『契約の楔』です。僕たちの魔力が強まりすぎたことで、時計塔はすべてをリセットするために動き出しました。精霊たちの魔力と記憶をすべて吸い上げ、僕たちをただの『意思なき怪異』へと退化させるための、古い防衛システムです」

司くんは、悲しげに目を伏せた。

「これを止める方法は一つ。君が持っているその『真鍮の鍵』の最深部に隠されている、百年前の『失われた最初の記憶』を、時計塔の最上階にある歯車の核で完全に解放することです。ただし、上へ行くほどに忘却の霧は濃くなり、僕たちは君の記憶を完全に失い、君を『侵入者』として攻撃するようになるかもしれない。……それでも、行きますか?」

五人の精霊たちが、完全に私を忘れて牙を剥いて襲いかかってくるかもしれない。そう思うだけで、足がすくみ、涙があふれそうになる。
けれど、私は、あの優しくて温かいみんなの笑顔を、もう一度取り戻したい。

「行くよ。私、行く。みんなを、ただの怪異になんて絶対にさせない。私の大好きなみんなを……私が、絶対に迎えに行くから!」

私が真鍮の鍵を強く握りしめると、時計塔の針が狂ったような速さで逆回転を始め、私たちの試練の幕が開いた。
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