放課後、秘密の特別教室。〜イケメンな精霊たちは、私をあきらめない〜
第4章:魅惑のベッドと、保健室の危険な抱擁
優しくて、圧倒的な包容力があって、どこかハッカのすっとする爽やかな匂いと、大人の落ち着いたお香のような深みのある香りが、私の鼻腔を優しくくすぐった。冷え切って凍えそうだった私の身体が、その腕に触れた瞬間から、まるで温かい毛布に包まれたかのようにじんわりと熱を取り戻していく。

そっと見上げると、そこにはゆったりとした大きめの白衣をラフに羽織った、少し長めの前髪の隙間から優しい目を覗かせる男の子がいた。いや、男の子、というよりは、私たち中学生よりも少し年上の「お兄さん」といった方が正しいかもしれない。
彼の左目の下には、小さな泣きぼくろがぽつんとあり、それが彼全体の柔らかな雰囲気をひどくアンニュイで、どこか大人の色気を孕んだ魅力的なものにしていた。

「あ、あの……あなたは……」

「僕は『千歳(ちとせ)』。旧館の片隅にある、保健室の精霊だよ。君の心が折れそうになって、身体が倒れそうになるのが遠くから分かったから……急いで迎えに来ちゃった」

千歳くんは私をまるでお姫様みたいに軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、不安に震える私を安心させるように、トントンと優しく私の背中を一定のリズムで叩いた。その手の温もりが、張り詰めていた私の心の糸を驚くほど簡単に解きほぐしていく。

「お疲れ様。あいつらに意地悪されて、たくさん振り回されて疲れちゃったんでしょ? いいよ、もうこれ以上、無理して頑張らなくて。僕の保健室には、普段は誰も来ないし、君のためだけの真っ白で綺麗なベッドもちゃんと用意してあるから……。これからはずっと、僕だけに甘えてなよ」

千歳くんはそう言って、とろけるような甘い微笑みを私に向けた。

(保健室の、千歳くん……。ものすごく優しくて安心するけれど、なんだか、このままあの部屋に連れて行かれたら、二度と現実の世界へ戻ってこられないような、不思議な底知れない怖さがある……)

彼の温もりに溺れてしまいそうな心地よさと同時に、私の本能が小さな警鐘を鳴らす。私の心が複雑にドギマギしていると、それまで霧に対峙していた周りの三人が、一斉に千歳くんに向けて鋭く冷たい視線を突き刺した。

「千歳! お前、一番美味しいところだけを後から現れて持っていこうとするな! ずるいぞ!」

響くんがいつもの王子様のような余裕をかなぐり捨てて、キーキーと子供のように分かりやすく抗議の声をあげる。

「ドクター、彼女のバイタルと健康管理は僕の領域(管轄)だ。お前のその胡散臭い腕から、今すぐ彼女を離しなさい」

蓮くんのメガネの奥にある瞳は、完全に据わっていた。いつも以上に冷徹な光を放ち、手元の試験管を千歳くんに向けかねないほどの威圧感を放っている。

「千歳のベッドに行ったら、この子はそのまま心地よい夢の中に永久に眠らされてしまいそうだ。それなら、僕の図書室のふかふかのソファで本を読んでいる方がよっぽど安全だよ」

司くんも、愛用の古い本を胸元で構え直しながら、感情の読めない冷ややかな視線を千歳くんに送る。いつの間にか、理科室は黒い霧の恐怖だけでなく、四人の美少年による凄まじい「マスターの奪い合い」という別の緊張感に包まれていた。

「はは、みんな相変わらず僕に対してだけ手厳しいなぁ。でも、まずは小競り合いを始める前に、この目の前で暴れている『お邪魔虫』を綺麗に片付けるのが先じゃない?」

千歳くんは私をしっかりと腕の中に抱きかかえたまま、フッと妖艶に微笑み、視線を私たちの正面へと向けた。その先では、迫り来る巨大な黒い霧が、四人の精霊が集結したことでさらに狂暴化していた。

黒い霧は、四人の強大な精霊のプレッシャーに怯え、そして怒るようにして、最後の悪あがきとして私たち全員を押し潰そうとしていた。それは天井を突き破らんばかりの巨大な津波のような波となって、質量を持った漆黒の壁として上空から一気に降り注いできたのだ。理科室の床が、その風圧だけで激しくガタガタと鳴動する。

「マスター、君のその手にある大事な鍵を、僕たち全員に向けて真っ直ぐに掲げて」

千歳くんが、私の耳元で優しく、けれど心強いトーンで囁いた。

「君の『みんなを助けたい、この暴走を止めたい』って純粋な気持ちが、僕たちの真の力を一つにする、最大の特効薬になるから。さあ、一緒にいこう」

「うん……!」

私は恐怖を振り払い、千歳くんの温かい腕の中で必死に右手を上方へと伸ばした。
そして、その真鍮の古い鍵を、目の前に並ぶ蓮くん、響くん、司くん、そして私をしっかりと抱きしめてくれている千歳くんの四人に向けて、強く、強く掲げた。

「みんな……お願い! この学校の、みんなの悲しい気持ちや苦しい思いを、止めて……っ!」

私の魂からの叫びに応えるように、私の手の中で眠っていた鍵のエメラルドグリーンの結晶から、これまでにない、まるで夜明けの太陽そのもののような、まばゆい黄金色の光が爆発的に放たれた。その光は瞬く間に理科室の隅々までを白く染め上げ、迫り来る黒い津波を真っ正面から迎撃していった。
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