放課後、秘密の特別教室。〜イケメンな精霊たちは、私をあきらめない〜
第3章:静寂の迷宮と、図書室の隠れ肉食系
そっと怯えながら目を開けると、私のすぐ目の前に、まばゆい黄金の光を放つ一枚の巨大な「光のページ」が、まるで生き物のように空間にゆらゆらと浮遊していた。

それは、透き通るような文字が幾重にも織り込まれた魔力の壁だった。あらゆる物理攻撃や精神攻撃を遮断する絶対的な盾のように、目の前まで迫っていたドス黒い霧の凶悪な突撃を、正面から完全に受け止めて火花を散らしている。ジジジ……と、闇が光に焼かれる嫌な音が理科室に響き渡った。

「大丈夫かい、僕の新しいお嬢さん」

私のすぐ斜め前に、いつの間にか一人の男の子が音もなく立っていた。

さらりとした質感の、少し長めのアッシュグレーの髪。優しげでありながらも、どこかすべてを見透かしているかのような物憂げなタレ目が印象的だった。制服の上からゆったりとしたネイビーのカーディガンを羽織り、その細い手には、古い羊皮紙のような独特の匂いを放つ一冊の古びた革表紙の本を大切そうに抱えている。
彼は驚く私の方をそっと振り返ると、ふわりと柔らかく、けれど心の奥底に冷たい影を落とすような、不思議な余韻のある微笑みを浮かべた。

「君が、この古びた真鍮の鍵を呼び覚ました人だね。僕は『司(つかさ)』。旧館の奥にある、静かな図書室に宿る精霊さ」

「司くん……?」

私がその名前を掠れた声で呟いた瞬間、彼が持っている古い本をパチンと静かに閉じた。
すると、信じられないことに、あれほど私たちを追い詰めていた獰猛な黒い霧が、まるでその本の中に吸い込まれるようにして、一瞬にして形を失い、完全に消え去ってしまったのだ。理科室を包んでいた圧倒的な寒気が、すうっと退いていく。そのあまりにも鮮やかで無駄のない手際に、それまで戦闘態勢を解かなかった蓮くんと響くんも、驚きに目を見開いて動きを止めた。

「おい、司。お前、いつの間に現れた。相変わらず神出鬼没で、非科学的な動きをする男だな」

蓮くんが面白くなさそうにちっと眉根を寄せ、メガネの奥の瞳を鋭く尖らせる。

「蓮こそ、相変わらず手際が悪いな。目の前の事象にとらわれて、そんな力任せの科学的なアプローチばかりしているから、本質を見失って足元を掬われるんだよ」

司くんは、どこまでも平坦で物静かなトーンのまま、蓮くんのトゲのある言葉を涼しい顔で受け流した。そして、私の方へとゆっくりと、吸い寄せられるように歩み寄ってきた。

彼の歩き方には、衣擦れの音さえも全くしない。まるで重力を持たない幽霊のようだ。けれど、彼が私の目の前、わずか数センチのところでぴたりと立ち止まり、すっと美しい顔を私の視線の高さに合わせて近づけてきたとき、その深い瞳の奥に潜む、マグマのような底知れない「熱」に、私は本能的にゾクリとした。

「古い退屈な本を読んでいるより、表情がコロコロ変わる君を見ているほうが、ずっと僕にとっては面白い……。こんなに優しくて綺麗な魂を持った子が、僕たちの新しいマスターになってくれるなんてね」

司くんは、私の耳元にそっと唇を寄せるようにして、吐息が直接触れるほどの至近距離で小さく囁いた。

「他の騒がしい部屋のやつらなんて、放っておけばいいよ。僕の図書室は、いつでも静かで、誰にも邪魔されずに二人きりになれる。……僕の物語の、君にだけしか見せない秘密のページ、教えてあげるから。今度ゆっくり、僕のところへおいで?」

(な、なんなのこの人……! 普段は大人しそうで図書室の賢者って感じなのに、急に距離が近すぎる……っ!)

あまりの恥ずかしさに、私の顔はカッと一瞬で沸騰したように熱くなった。それを見た司くんは、どこか楽しそうに、満足そうに綺麗な目を細めて微笑んだ。

「ちょっと待ちなよ、司! どさくさに紛れて何女の子を口説いてるんだい! 抜け駆けなんて絶対に許さないからね!」

響くんが顔を真っ赤にして怒ったように、私たちの間に割って入ろうと一歩踏み出した。しかし、まさにその時だった。床の隅にわずかに残っていた最後の、そして一番巨大な黒い霧の塊が、地獄の底から響くような不気味な笑い声をあげながら、一気に天井に届くほど巨大に膨れ上がったのだ。

『ウソツキ……ミンナ、消エチャエ……! 誰も私を見てくれないなら、全部壊れてしまえばいい……!』

キィィィィィンという鼓膜を引き裂くような悲鳴をあげながら、霧は理科室の強固な窓ガラスを激しく叩きつけた。ピキピキとガラスに無数の亀裂が走る。今度こそ、この部屋全体を影ごと完全に飲み込もうと、それは文字通りの黒い濁流となって、もの凄い質量で私たちに襲いかかってきた。司くんが展開していた光のページも、その圧倒的な悪意の質量に耐えかねて、メリメリと嫌な音を立てて大きな亀裂が入っていく。

「チッ、しつこいな! この規模の心の闇の完全浄化には、僕たち全員の力を完全に同調させる必要があるが……クソ、あいつが足りない……!」

蓮くんが、悔しそうに旧館のさらに奥、深い闇が広がる廊下の方向を睨みつける。

「あいつって……まだ、この学校に誰かいるの!?」

私が限界の声を張り上げて叫んだ瞬間、私の視界が急にぐらりと大きく揺れた。
これまで生きてきて一度も体験したことのないような本物の恐怖、そして、右のポケットの中の鍵から濁流のように流れ込んでくる、膨大な魔力の消費。それらに、私という普通の中学生の体は、とっくに限界を迎えてしまっていたみたいだった。

全身の血の気が一気に引き、指先が凍りついたように冷たくなる。

「あ……」

視界が完全に真っ暗になり、膝から崩れ落ちそうになった私の体を――背後から、とても大きな、そして包み込むように温かい腕が、しっかりと力強く抱きとめた。

「おっと。限界みたいだね、頑張り屋さんのみんなのマスター」

私の背中に触れたその人の胸からは、どこか懐かしい、保健室のハーブティのような優しくて深い安心感のある香りが、微かに漂っていた。
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