ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
私が教室から廊下に出た時、小峰君のクラスはまだホームルームが終わっていなかった。だから昇降口に彼がいないことは分かっていた。
「……」
少し待ってみた方がいいかな、と考えて――、
約束してたわけじゃないし、と思い直した。
……早く帰って働かないと。
私は前を向いた。そしていつものように小走りで歩いた。
* *
「遅くなりました!」
エプロンを巻いて、まず厨房へ声を掛けた。
次に休憩室を覗いて、仲居さんたちに「おつかれさまです」と挨拶する。
旅館の仕事は、お小遣いを貰うために自分からお願いして始めた事だった。
中学生が働くことは世間では許されていないから、単なる『手伝い』ということにしているけれど、月三千円あれば必要なものを買うことができて、ありがたかった。
「渚央ちゃん、今日は暇かも」
「そうなんですね」
「だからお茶でも飲んでゆっくりしよう」
仲居さんたちはみんな親切だった。
『舞ちゃんがそんなことするはずない』
『あんなに優しい子が』
蓮見家の人たちが私につらく当たっても、旅館の従業員たちは、『舞の娘』である私によくしてくれた。
――あの夜……、
母が晴樹を連れていなくなった夜、
私はひとりでなにをしていたんだろう。
眠った気もするし、ずっと起きていたような気もする。
ただ、布団の上にひとり、座り込んでいたことだけははっきりと覚えていた。