嘘か真か 〜幼馴染に仕掛けられた恋の罠〜
ゲーム開始
「碧、ゲームしよっか」
碧(みどり)がソファで寝そべりながらスマホを触っていると、端正な顔立ちにいつもの人懐っこい笑顔を浮かべて、皐月が言った。
ちなみに、自分の家のように寛いでいる碧だが、ここは皐月(みどり)の住んでいるマンションである。
「めんどくさいからやだ」
碧は本当は面倒くさいとは思っていない。
だが、「面白そうだね。やるよ」と素直に言える性格では、残念ながらなかった。
「そんな寂しいこと言わないで。付き合ってよ。ね、碧」
皐月の甘さを帯びた、軽やかな少し高めの声が落ちてくる。
「えー?」
くしゃりと下げられたタレ目気味の目元。
その奥にある三白眼の瞳は、いつものようにまっすぐ碧を捉えている。
本心がすべてバレそうな気がして、まともに受け止めるのが怖くなるときがある。
それくらい彼の目力は強かった。
じっと見つめてくるその瞳から逃げるように、碧は視線を軽く泳がせた。
(ゲームってなんだろう)
内心ワクワクしているけれど、絶対に顔には出さない。
「……しょうがないなぁ」
わざとらしくため息をついてスマホを置くと、上半身を起こして皐月の方に身体を向ける。
「で、何すんの?」
「ふふ。あのねぇ、今日はエイプリルフールだからね」
「四月一日ね」
「エイプリルフールゲームをします」
「……嘘つくってこと?」
「うん、ルールはね」
【エイプリルフールゲームのルール】
一、必ず一つは嘘をつく。
嘘は制限時間内であれば、いつついてもいいし、いくらでもついていい。
二、嘘を一度もつかなかった場合、または自分の嘘を相手に見破られた場合は負け。相手の嘘を指摘しても、それが間違いだった場合は負けとなる。
三、制限時間は三十分。
四、嘘のためなら無礼講。
五、途中離脱は負け。
六、最後の五分間に入ったあとは、一度ついた嘘を撤回・訂正してはいけない。
七、相手の嘘を見破って指摘できるのは、最後の五分間のみ。
その時間内に、複数嘘をついていたとしても、相手の嘘を一つ見破ればいい。
八、負けた方は、勝った方の言うことをなんでも聞く。
「……なんかルール細かくない? 二人とも嘘を言い当てた場合は?」
「その場合は、引き分けになるね。至ってシンプルだよ? 必ず嘘をついて、バレたら負け」
「……そう言われたら、そうかもしれないけど。あ、じゃあさ、迷ったらなんにも言わないでおこうかな」
「それ、ズルいね。負けにしよう」
「……いわなきゃ良かった」
「ははは。まぁ、いつものゲーム対戦くらいの気持ちでやればいいよ」
【追加ルールの為変更】
七、相手の嘘を指摘できるのは、最後の五分間のみ。
その時間内に、相手の嘘だと思うものを一つは指摘しなければならない。
指摘しなかった場合も負けとなる。
複数嘘をついていたとしても、一つ見破ればいい。
ゲーム機で対戦したりするのはよくあることだ。
勝った方がお菓子を買ってもらったり、マッサージをしてもらったり。
(負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く……)
「ルール八、なんか怖い」
「怖い? なんで? 賞品みたいなものじゃない」
「賞品~?」
「碧だったら、前に行きたがってたお高めの高級スイーツバイキング、俺の奢りで行けちゃうとかね?」
「えっ?」
碧の表情がぱっと明るくなる。
最近テレビで特集していた、一万円近くする高級スイーツバイキング。
どのスイーツも美味しそうで、画面越しでもキラキラと輝いていた。
甘い物好きとしては気になるが、おいそれと出せる金額ではない。
社会人になったばかりで給料も少なく、一人暮らしは何かとお金がかかる。
そんな余裕はどこにもなかったから、結局は諦めるしかなかったのだ。
(勝ったら一万のバイキング連れてってくれるとか、よくそんなこと簡単に言えるなぁ……)
将来を約束されている大企業の跡取り息子には、そんな出費、痛くも痒くもないんだろう。
家計を必死にやりくりしている自分との違いに、碧は少しばかりモヤッとした。
「皐月は何をお願いするのさ? あ、お金ないから出費系は無理だよ」
「大丈夫、そんなお願いじゃないから」
「じゃあなに?」
「それは……、まだ言えないかなぁ」
楽しそうに笑う皐月の本心は、一ミリだって読めない。
(……なんかとんでもないお願い、されそうだな)
「……やっぱりやめとこっかなぁ。バイキングは行きたいけど」
直感的に嫌な予感がして、戦線離脱しようと再びソファへ寝そべりかけたが、それより早く皐月の言葉が碧を捕まえた。
「そうだよね。ほぼ毎回、負けちゃうもんね。碧は勝負事弱いし」
「なんだと?」
聞き捨てられない言葉に、碧は皐月を睨んだ。
「勝ってんじゃん! こないだのレーシングゲームも勝った!」
「碧が子犬みたいに泣きそうな顔をするから、負けてあげたんだよ?」
「してないし!」
十回のうち七回は負けているなんて、悔しいから口に出したくない。
なぜかマッサージが賞品のときは、かなりあっさり勝ったけれど。
(百二十分の全身マッサージは極上だった)
途中何度か際どいところを擦られて、変な声が出そうになったのは絶対言えない。
「じゃあ今回は、逃げるっていうことで」
「なぁんで、そんな言い方するかなぁ!?」
「え、だって……事実だし? 負けるから、なにお願いされるか気になるんでしょ?」
「違うし! 絶対勝つし!」
「でもやらないんじゃ……ねぇ?」
(え、なにこいつ? なんか、腹立つんですけど!!)
「じゃあ負けたら、スイーツ二回分だかんね!? そんなに自信あるなら、それくらい痛くも痒くもないでしょ!」
「いいよ?」
「言ったな? 絶対負けないから!」
「じゃあ参加で。ルールは頭に入った?」
挑発的な言い方にイライラして睨みながら、碧は「大丈夫!」と答えてソファから立ち上がった。
いつの間にかスマホでタイマーをセットしていた皐月が、「じゃ、早速始めよう」とローテーブルの上にそれを置いた。
(……あれ? なんか、乗せられてない?)
違和感を覚えたが、もうやると言ってしまった。
(……まぁいいや。勝てばいいんだから)
「じゃあ……スタートね」
皐月の言葉とともに、タイマーが動き出した。
――ゲームスタート。制限時間は三十分。
(嘘。何をついたらいいんだろう)
いきなり嘘をつけと言われても、そうそう思いつくものじゃない。
素直になれない碧がつくのは、さっきの「めんどくさい」といった小さな嘘くらいで、いざとなるとそれ以上のものは思いつかない。
(……皐月が傷つく嘘はつきたくないし)
意外と難しいかもと困惑していた碧は、ふと、視界が暗くなったことに気付いた。
いつの間にか、背の高い皐月が自分をすっぽりと覆うように立っていた。
その至近距離に、ドクンと心臓が跳ねた。
「ちょっと……ち、近い……」
そう言って見上げると、三白眼の瞳が碧を見下ろしていた。
彼の端正な顔立ちから、いつもの人懐っこい笑顔が綺麗に消えていた。
(……やっぱり、この目は苦手だ)
碧の耳元で、皐月が低く滑らかな声を落とした。
「ずっと、言いたいことがあったんだ」
「言いたいこと……?」
「……うん」
一拍置いてから、すっと息を吐く音が聞こえた。
(なんか……緊張……してる?)
その目は苦手だけど、いつになく真剣な雰囲気を感じて、視線を外すことができない。
皐月は視線を少し落としてから、再び碧に向けた。
言葉の爆弾と一緒に。
「好きだよ、碧。結婚しよう」