恋の模範解答を教えて~年下君の甘い執着に落とされまして~
(本当は、このまま『じゃあまた会社でね』って帰った方がいいんだよね……)
映画を鑑賞し、カフェでお茶をするという“恋人のフリ”のミッションは無事にクリアしたのだから。これ以上一緒にいる理由なんてどこにもない。
けれど、どうしてだろう。和香の足は、カフェの出口へと向かうことを拒んでいた。もう少しだけ、このままずっと彼と一緒にいたいと思っている自分がいる。
(……なんでだろ。帆高くんといると、すごく楽しいから……なのかな。彼も同じように思ってくれてたら、嬉しいけど)
「どうします? このまま帰りますか」
会計を済ませて戻ってきた帆高が、柔らかい声音で問いかけてきた。
「あー……うん。そうだね……」
ここで「帰りたくない」なんて言えば、彼の足を引っ張ってしまうかもしれない。和香がそう答えれば、きっと彼は大人しく駅まで送って解散してくれるはずだ。
けれど、『もう少し一緒にいようよ』というたった一言が、どうしても喉の奥に引っかかって出てこない。
―だって私たちは、利害が一致しただけの“偽の恋人”なのだから。
カフェを出て、休日の賑わいを見せるストリートを並んで歩いていた時だった。 ふと、隣を歩いていた帆高が足を止めた。それに釣られるようにして、和香もピタリと足を止める。
見上げると、街灯の光を浴びた帆高の美しい瞳と、正面から視線がぶつかり合った。
「俺は……まだ和香さんと一緒にいたいけどね」
「……っ!」
「どうします?」
意地悪く選択のボールをこちらへ委ねてくるあたりが、実に狡いと思う。
動揺を隠すように、和香は視線をアスファルトの路面へと落とした。靴先を見つめながら、消え入りそうな声でゆっくりと唇を動かす。
「私、も……まだ、一緒にいたい……かも、しれない……」
数秒間、周囲の喧騒が遠のいたような静寂が二人を包んだ。
自分の吐き出した言葉の重さに耐えかね、恐る恐る顔を上げようとした、その瞬間。
「……っ、」
ぐっと手首を引き寄せられ、視界が大きく傾いた。
気づいた時には、固い胸板の中にすっぽりと収まっていた。
背中に回された長い腕にぎゅっと強い力が込められ、力強く抱きしめられているのだと理解するまでに、数秒のタイムラグを要した。
「え、え……っ!? く、久東くん……!?」
「……あー、やっぱり帰った方がよかったな。俺、我慢できるか分からない」
「……え?」
「そんな可愛いこと言わないでください。……本当に、帰したくなくなるから」
耳朶をくすぐる、低く掠れた帆高の熱い吐息。耳元から全身へとゾクゾクとした悪寒のような甘い痺れが駆け抜けていく。
彼と一緒にいる時間は、確かに楽しかった。
偽りの関係だからこそ、実家の重圧からも解放されて素の自分を見せられる。複雑な家庭の事情を知ってくれている安心感もある。
けれど、惹かれている理由は決してそれだけではないのだと、和香は心のどこかで気づいていた。
仕事でピンチに陥った時はいつだってスマートに手を差し伸べてくれる。そして何より、孤独だった自分に対し“温かい家族になれる”なんて甘い言葉を注いでくれる――そんな彼の優しさと存在そのものが、和香の固く閉ざしていた心を、ゆっくりと溶かし始めているのだ。
映画を鑑賞し、カフェでお茶をするという“恋人のフリ”のミッションは無事にクリアしたのだから。これ以上一緒にいる理由なんてどこにもない。
けれど、どうしてだろう。和香の足は、カフェの出口へと向かうことを拒んでいた。もう少しだけ、このままずっと彼と一緒にいたいと思っている自分がいる。
(……なんでだろ。帆高くんといると、すごく楽しいから……なのかな。彼も同じように思ってくれてたら、嬉しいけど)
「どうします? このまま帰りますか」
会計を済ませて戻ってきた帆高が、柔らかい声音で問いかけてきた。
「あー……うん。そうだね……」
ここで「帰りたくない」なんて言えば、彼の足を引っ張ってしまうかもしれない。和香がそう答えれば、きっと彼は大人しく駅まで送って解散してくれるはずだ。
けれど、『もう少し一緒にいようよ』というたった一言が、どうしても喉の奥に引っかかって出てこない。
―だって私たちは、利害が一致しただけの“偽の恋人”なのだから。
カフェを出て、休日の賑わいを見せるストリートを並んで歩いていた時だった。 ふと、隣を歩いていた帆高が足を止めた。それに釣られるようにして、和香もピタリと足を止める。
見上げると、街灯の光を浴びた帆高の美しい瞳と、正面から視線がぶつかり合った。
「俺は……まだ和香さんと一緒にいたいけどね」
「……っ!」
「どうします?」
意地悪く選択のボールをこちらへ委ねてくるあたりが、実に狡いと思う。
動揺を隠すように、和香は視線をアスファルトの路面へと落とした。靴先を見つめながら、消え入りそうな声でゆっくりと唇を動かす。
「私、も……まだ、一緒にいたい……かも、しれない……」
数秒間、周囲の喧騒が遠のいたような静寂が二人を包んだ。
自分の吐き出した言葉の重さに耐えかね、恐る恐る顔を上げようとした、その瞬間。
「……っ、」
ぐっと手首を引き寄せられ、視界が大きく傾いた。
気づいた時には、固い胸板の中にすっぽりと収まっていた。
背中に回された長い腕にぎゅっと強い力が込められ、力強く抱きしめられているのだと理解するまでに、数秒のタイムラグを要した。
「え、え……っ!? く、久東くん……!?」
「……あー、やっぱり帰った方がよかったな。俺、我慢できるか分からない」
「……え?」
「そんな可愛いこと言わないでください。……本当に、帰したくなくなるから」
耳朶をくすぐる、低く掠れた帆高の熱い吐息。耳元から全身へとゾクゾクとした悪寒のような甘い痺れが駆け抜けていく。
彼と一緒にいる時間は、確かに楽しかった。
偽りの関係だからこそ、実家の重圧からも解放されて素の自分を見せられる。複雑な家庭の事情を知ってくれている安心感もある。
けれど、惹かれている理由は決してそれだけではないのだと、和香は心のどこかで気づいていた。
仕事でピンチに陥った時はいつだってスマートに手を差し伸べてくれる。そして何より、孤独だった自分に対し“温かい家族になれる”なんて甘い言葉を注いでくれる――そんな彼の優しさと存在そのものが、和香の固く閉ざしていた心を、ゆっくりと溶かし始めているのだ。