わたしだけの高校生獣医さま

第一話 高校生獣医師一条響

「ゲンちゃん、おはよう!」

 わたしが声をかけたのは人間ではない。茶色と白色の毛をしたノラネコの喉元をくすぐる。通学路でじっと子どもたちを見ている、この辺りのボス猫だ。不登校気味のわたしには動物と話せるという不思議な才能があった。

「おう、ひばりちゃんも元気かいな? ワイは今日も元気やで。ワイは日課の子どもの見守りや」

 ゲンちゃんはあれで子どもを見守っているつもりらしい。でも、赤信号で渡ろうとする子どものズボンを引っ張って助けたりする賢い猫として近所では有名だった。今は地域猫として、近所のおばさんたちに餌をもらいながら生活している。

「ひばりさんたら、また動物とお話ししているのね」

 クラスの一軍女子、金色に髪を染めた伊織さんがわたしを馬鹿にしてきた。

「小鳥遊(たかなし)さんは人間の友達がいないからね……」

 伊織さんの取り巻き女子たちまでわたしのことをバカにする。

「何を言うてんねん! このアホっ! ひばりちゃんはとってもエエ子やでっ!」

 ゲンちゃんがかばってくれるけれど、わたし以外の人にはゲンちゃんがみゃーみゃー鳴いているようにしか聞こえなかった。

「それにしても、今日の転校生はすごいイケメンらしいですよ。イギリスからの転校生だとか!」

「うん、1年B組のまいちゃんがたまたま見たって言ってた。顔立ちが整っていて、色白で、アイドルみたいな男の子なんだってさ。噂ではすごく頭も良いみたい」

「また、わたくしがモテちゃいますわねっ! 男の子はみんなわたくしに夢中になっちゃいますもの」

 いおりちゃんは前向きですごいなぁ。そういうところは見習いたい。わたしは自分に自信がない。成績も外見もふつう。良くも悪くも何の取り柄もないのがわたしなのだ。ましてや、恋愛なんて今まで生きてきて一度も縁がない。告白をされたことももちろんなかった。バレンタインデーにチョコレートを渡す相手も当然いない。

「それじゃ、ゲンちゃん。学校へ行ってくるね」

 信号が青に変わると、わたしは横断歩道を歩いてさくら農業高校へ向かった。教室の中は転校生の話題で持ちきり。飼育係のわたしはつむぎを着て牛の世話をしてから着席する。わたしの通うさくら農業高校では動物を飼育することが専門教育に良いとして、積極的に取り入れられていた。だから、自然豊かなさくら農業高校にはニワトリやらウサギやら、牛やら豚やら羊やら、いろんな動物たちがいる。つむぎを着ないと動物たちの鼻水とかが制服についちゃってぐちゃぐちゃになっちゃうからだった。

「おお、みんな! おはよう! 今日はとっておきの話があるぞ! なんと転校生がやってきたんだ! しかもイギリスから。イギリスは動物への意識が日本より高くて王立獣医大学まであるんだぞ」

 元気いっぱいな担任の先生は渋谷(しぶや)洹(わたる)先生。東京の大学を卒業した後に地元のさくら農業高校の先生になった若いスポーツマンタイプで、男子からも女子からも人気がある。

「おーい、はいってこい!」

 席に座ったクラスのみんながごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。緊張の一瞬だ。なんだか、わたしまで緊張してしまう。

「よろしくお願いします」

 現れたのは日本人と外国人のハーフらしい、高い鼻と大きな瞳をした男の子だった。確かにアイドルみたいな男の子だ。

「きゃーっ! かっこいいっ!!」
「めちゃイケメンじゃんっ!」

 女子からはかなりの歓迎。黄色い声が響いた。

「……あ、俺、一条(いちじょう)響(ひびき)です」

 落ち着いた、心地よい声が教室に響いた。

「イギリスでは王立大学を卒業した後獣医師をやっていました。飛び級をしていたので。まだまだ現場のことを勉強したくて日本では農業高校に編入しました」

 高校生で獣医さん!? 獣医師って、犬や猫とか動物の治療をする人だよね。ものすごく頭が良いんだな。自分とは違う世界の人みたい、わたしはそんなことを考えながら一条くんを見つめていた。
 でも、ちょっと、無愛想な男の子かも?
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