想定外につき、対処不要
 その後。撮影は順調に進んでいたが、てっぺんを超える前に監督が声を掛けてきた。

「木崎くん。璃乃ちゃんはここまでで良いから、後は明日宜しく。お疲れさま」

「承知致しました。お疲れ様でした」そう言って、俺が視線を向けると、彼女は少し疲れた顔で歩いてきた。

「お疲れ様です。早く帰りましょう、明日も早いので……」俺が声を掛けると、彼女は眠そうな目をして、軽く頷いた。

 現場から抜け出して、エレベーターに乗り込み、正面玄関から駐車場に向かって行った。そして、彼女を後部座席に乗せ、辺りを警戒してから、運転席に乗り込んだ。

 そこからバックミラーで彼女に目配りし、彼女の家まで安全運転を心掛けて車を走らせた。徐々に彼女の家へ近づいた頃、再びバックミラーから見ると、彼女と目が合った。
 
 すると、彼女がおもむろに口を開き、俺は信号が赤から青に変わるのを目にしていた。

「ねぇ、木崎」そう聞こえ、俺はハンドルを握りながら、「なんでしょうか」と応え、気配を意識しつつ前を見ていた。

「あの人 、本当に支社から来たのかな……」彼女は呟くように言った。

「私はそのように聞いてますが、あの方と話をしたんですか?」俺が尋ねると、彼女は「ううん……」と言いながら、軽く溜息を漏らした。

 そこで、俺はミラーから彼女の顔色を窺った。でも、彼女は考えを巡らせてるようで、俺は問うことはせず、口を結んだ。

 そのまま俺は彼女の家が見えてきたところで、ブレーキを静かに踏み、車を正面玄関前で停めた瞬間だった。

「どっかで見たことある気がするけど、思い出せないや……」彼女の沈んだ声が少し気掛かりになったが、先に家に帰らせる事を優先し、辺りを凝視していた。

「似た方かもしれないですね。それより、早く帰って休んで下さい。明日は6時に迎えに来ます」

「はーい。じゃあね、木崎……」そう言って彼女は後部座席から抜け出した。

 しかし、彼女はドアから顔を覗かせ、「ねぇ」と呼び掛けてきた。

 俺がミラーで窺うと、彼女は視線を合わせて、口を開いた。

「今日の木崎、なんか大人っぽくて、かっこよかったよ。おやすみ」

 なんだ、今のは……。

 俺は暫くその場で固まり、ハンドルを握ったまま、軽く瞬きをした。

 目が霞んでる気がする。疲れ目か、と思い、自宅に帰ったら目薬を差そうと考え、ハンドルを持ち直して、車を走らせて行った。
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