【続編】亡国の聖女は氷帝に溺愛される
一章 幸福な秘密
ルーチェの懐妊が分かってから、三日が経った。
朝目を覚ました時も、食事を終えた時も、ふとした拍子に自分のお腹に手を添えるようになった。
当然ながら見た目には何の変化もなく、こうして椅子に座っているだけなら三日前までの自分と何も変わらない。それでも、ここに赤ちゃんがいるのだと思えば、何度確かめても嬉しくて、その度に頬が緩んでしまう。
「──お身体が安定するまでは、公表をお控えになった方がよろしいかと存じます」
侍医からそう告げられ、ルーチェはお腹に置いていた手を膝に戻した。
「どのくらいですか?」
「ひと月ほどを目安にお考えください。その間も定期的に診察いたしますので、体調に変化がございましたら、どのような些細なことでもお知らせくださいませ」
「分かりました」
頷いてから隣を見ると、ヴィルジールは先ほどから変わらず難しい顔をしていた。
今日の話し合いには、エヴァンとアスランも同席している。
皇帝夫妻の私室に宰相と騎士団を率いるアスランが揃って呼ばれたのだから、何も知らない者が見れば国に一大事でも起きたのかと思うかもしれないが、二人はルーチェの懐妊を知った数少ない人でもあった。
ヴィルジールが皇帝となるよりもずっと昔、まだ十二番目の皇子でしかなかった頃から傍にいた人たちである。
だからこそルーチェも、二人には早く知ってほしいと思ったのだ。
「食事についてはどうすればいい」
「今まで通りで問題ございません。ただ、食欲が落ちたり、特定のものを受けつけなくなったりすることもございますので、その場合は無理に召し上がらず──」
「昨日、昼食を残していた」
「ヴィルジールさま」
「一昨日も朝食をほとんど食べていなかった」
そこまでヴィルジールに見られていたとは思わず、ルーチェは目を瞬いた。
「でも、食べられなかったわけではありません」
「いつもの半分ほどだっただろう」
「よく覚えていますね……」
「お前のことだぞ」
さも当然のように返され、何も言えなくなる。
向かいに座っていたアスランが呆れたように息を吐いたのは、その時だった。
「ジル。侍医が問題ないと言っているんだから、少しは落ち着け」
「俺は落ち着いている」
「その顔で言われてもな」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
アスランが腕を組み、ヴィルジールは不満そうに眉間に皺を寄せる。
二人の間に挟まれるように座っていたエヴァンは、先ほどから口を挟まずにいたが、とうとう堪えきれなくなったらしく、口元に手を添えて笑った。
「アスランに落ち着けと言われる日が来るとは、私も長く生きたものですねぇ」
「エヴァン。貴様も黙れ」
「私は何もしていませんよ」
「顔が笑っている」
「これはいつものことです」
平然と答えたエヴァンをヴィルジールが睨む。
ルーチェはそんな三人を見比べているうちに、ふふっと笑った。
ヴィルジールが怪訝そうな顔で振り返る。
「ルーチェまで笑うな」
「ごめんなさい。でも、何だか嬉しくて」
「何がだ」
尋ねられ、ルーチェは少し考えてから膝の上で指を重ねた。
「赤ちゃんができたと分かった時、もちろんとても嬉しかったのですけど……ヴィルジールさまだけではなくて、エヴァン様やアスランさんにも一緒に喜んでいただけるのだと思ったら、もっと嬉しくなりました」
アスランが驚いたようにこちらを見る。
その隣で、エヴァンの表情が柔らかくなった。
「ルーチェ様」
「はい」
「改めて、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「俺も嬉しいぞ」
アスランもそう言ってくれた後、何かを思い出したのか、ヴィルジールへ顔を向けた。
「しかし、ジルが父親か」
「何だ。言いたいことがあるなら言え」
「子ども相手にも、その顔で黙れと言うのかと思ってな」
エヴァンが吹き出した。
ヴィルジールの眉間の皺が、先ほどよりも深くなる。
「言うわけがないだろう」
「では、陛下も赤子の前では笑うのでしょうか」
「エヴァン」
「私も気になりますねぇ」
「貴様らは何をしに来た」
とうとう侍医まで俯いてしまい、ルーチェは声を立てて笑った。
朝目を覚ました時も、食事を終えた時も、ふとした拍子に自分のお腹に手を添えるようになった。
当然ながら見た目には何の変化もなく、こうして椅子に座っているだけなら三日前までの自分と何も変わらない。それでも、ここに赤ちゃんがいるのだと思えば、何度確かめても嬉しくて、その度に頬が緩んでしまう。
「──お身体が安定するまでは、公表をお控えになった方がよろしいかと存じます」
侍医からそう告げられ、ルーチェはお腹に置いていた手を膝に戻した。
「どのくらいですか?」
「ひと月ほどを目安にお考えください。その間も定期的に診察いたしますので、体調に変化がございましたら、どのような些細なことでもお知らせくださいませ」
「分かりました」
頷いてから隣を見ると、ヴィルジールは先ほどから変わらず難しい顔をしていた。
今日の話し合いには、エヴァンとアスランも同席している。
皇帝夫妻の私室に宰相と騎士団を率いるアスランが揃って呼ばれたのだから、何も知らない者が見れば国に一大事でも起きたのかと思うかもしれないが、二人はルーチェの懐妊を知った数少ない人でもあった。
ヴィルジールが皇帝となるよりもずっと昔、まだ十二番目の皇子でしかなかった頃から傍にいた人たちである。
だからこそルーチェも、二人には早く知ってほしいと思ったのだ。
「食事についてはどうすればいい」
「今まで通りで問題ございません。ただ、食欲が落ちたり、特定のものを受けつけなくなったりすることもございますので、その場合は無理に召し上がらず──」
「昨日、昼食を残していた」
「ヴィルジールさま」
「一昨日も朝食をほとんど食べていなかった」
そこまでヴィルジールに見られていたとは思わず、ルーチェは目を瞬いた。
「でも、食べられなかったわけではありません」
「いつもの半分ほどだっただろう」
「よく覚えていますね……」
「お前のことだぞ」
さも当然のように返され、何も言えなくなる。
向かいに座っていたアスランが呆れたように息を吐いたのは、その時だった。
「ジル。侍医が問題ないと言っているんだから、少しは落ち着け」
「俺は落ち着いている」
「その顔で言われてもな」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
アスランが腕を組み、ヴィルジールは不満そうに眉間に皺を寄せる。
二人の間に挟まれるように座っていたエヴァンは、先ほどから口を挟まずにいたが、とうとう堪えきれなくなったらしく、口元に手を添えて笑った。
「アスランに落ち着けと言われる日が来るとは、私も長く生きたものですねぇ」
「エヴァン。貴様も黙れ」
「私は何もしていませんよ」
「顔が笑っている」
「これはいつものことです」
平然と答えたエヴァンをヴィルジールが睨む。
ルーチェはそんな三人を見比べているうちに、ふふっと笑った。
ヴィルジールが怪訝そうな顔で振り返る。
「ルーチェまで笑うな」
「ごめんなさい。でも、何だか嬉しくて」
「何がだ」
尋ねられ、ルーチェは少し考えてから膝の上で指を重ねた。
「赤ちゃんができたと分かった時、もちろんとても嬉しかったのですけど……ヴィルジールさまだけではなくて、エヴァン様やアスランさんにも一緒に喜んでいただけるのだと思ったら、もっと嬉しくなりました」
アスランが驚いたようにこちらを見る。
その隣で、エヴァンの表情が柔らかくなった。
「ルーチェ様」
「はい」
「改めて、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「俺も嬉しいぞ」
アスランもそう言ってくれた後、何かを思い出したのか、ヴィルジールへ顔を向けた。
「しかし、ジルが父親か」
「何だ。言いたいことがあるなら言え」
「子ども相手にも、その顔で黙れと言うのかと思ってな」
エヴァンが吹き出した。
ヴィルジールの眉間の皺が、先ほどよりも深くなる。
「言うわけがないだろう」
「では、陛下も赤子の前では笑うのでしょうか」
「エヴァン」
「私も気になりますねぇ」
「貴様らは何をしに来た」
とうとう侍医まで俯いてしまい、ルーチェは声を立てて笑った。


