天正の雪、444年の約束

カラン、コロン。雪の降る時代

令和八年。

大分県日田市天瀬町にある、高塚愛宕地蔵尊。

小太郎は、境内をゆっくりと歩いていた。

木々の間から差し込む木漏れ日。参拝客の話し声。風に揺れる木の葉の音。

いつもと変わらないはずの場所だった。

そのときだった。

――カラン、コロン。

どこからか、下駄の音が聞こえた。

「……ん?」

小太郎は、ふと足を止めた。

もう一度、耳を澄ます。

カラン、コロン。

日田下駄の、どこか懐かしく、優しい音。

音のした方へ視線を向けた瞬間、小太郎の周囲から人の気配が消えた。

「……え?」

先ほどまで聞こえていた参拝客の声も、鳥のさえずりもない。

境内は、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。

そして、小太郎の目の前に広がっていた景色は、先ほどまでとはまるで違っていた。

空から、白いものがひらひらと舞い落ちてくる。

雪だった。

「雪……?」

大分のこの場所で、突然の雪。

戸惑いながら辺りを見回した小太郎は、ふと、一人の女の子に目を奪われた。

そこにいたのは、雪のように白く、美しい着物をまとった少女だった。

透き通るように白い肌。

綺麗な二重の瞳。

長いまつ毛に縁取られた瞳は、降りしきる雪の中で静かに輝いていた。

少女は、寒さに耐えるように両手を胸元に寄せていた。

その手は、雪にさらされて赤くなっている。

それでも少女は、空を見上げながら、じっと雪を眺めていた。

小太郎は、思わず声をかけた。

「あの……大丈夫?」

少女は驚いたように振り返った。

「……?」

二人の視線が重なる。

少女の瞳には、見知らぬ少年への戸惑いが浮かんでいた。

小太郎は、自分の服装を見下ろした。

現代の高校生の制服。

スマートフォンもある。

なのに、目の前の少女は、まるで時代劇から抜け出してきたかのような姿をしていた。

「ここって……どこなんだ?」

少女は不思議そうに小太郎を見つめていた。

小太郎は、胸の中に湧き上がる不安を抑えながら、恐る恐る尋ねた。

「ねえ。今って、何年なの?」

少女は、少し首をかしげた。

そして、当たり前のことを答えるように、静かな声で言った。

「天正十年ですよ」

「……てんしょう?」

小太郎の顔から、血の気が引いた。

天正十年。

西暦一五八二年。

本能寺の変が起きた、戦国時代。

そんなはずがない。

自分は、ついさっきまで令和八年を生きていた。

四百四十四年もの時を、越えてしまったというのか。

「嘘……だろ……」

呆然と立ち尽くす小太郎。

その頬に、冷たい雪が触れた。

少女は、赤くなった手をそっと握りしめると、小太郎を見上げた。

「あなたは……どちらからいらしたのですか?」

小太郎は答えられなかった。

自分がどこから来たのか。

令和という時代が、この少女に通じるのか。

何もわからなかった。

ただ、目の前にいる少女から、目を離すことができなかった。

「……俺、小太郎。鶴川小太郎」

少女は、ふわりと微笑んだ。

「私は、おゆきと申します」

カラン、コロン。

再び、どこからか日田下駄の音が響いた。

雪は静かに降り続いている。

このとき小太郎は、まだ知らなかった。

この不思議な出逢いが、自分の人生を大きく変えることを。

そして、この雪の日に交わした言葉が、四百四十四年後の未来まで受け継がれる約束になることを。

令和八年から天正十年へ。

時を越えた二人の物語が、いま始まった。
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