氷の外科医
ただひとつの甘い歪み
やけに静かな救急外来の一室で、裕人はいつものようにパソコンの画面と向き合っていた。



病院の外では激しい雨が降り続いており、雨音が救急外来の重い自動ドアの向こうで鈍く響いている。



「ふわあぁ〜。

黒崎先生、今日のER、落ち着いてますね」



カルテの入力を終えた研修医の佐藤が、うぅーんと体を伸ばす。


椅子に深く腰掛けながら、だらしなく大きなあくびを噛み殺す姿は全くもって緊張感がない。




「お前はそうやってすぐ油断する。救急外来の静けさは嵐の前の静けさだ。

……それに佐藤、そんなだらしない姿勢で許されると思っているのか。患者が入ってきたら、それですぐに動けるんだろうな?」



パソコンのモニターから一切視線を外さず、佐藤にダメ出しをする裕人。


画面を見つめるアイスブルーの瞳には一切の隙がなく、佇まいは“氷の外科医”そのものだった。



「ひぇっ、すみません!

……けど黒崎先生は働きすぎだと思いますよ。本当にいつ休んでるんですか?
昼間の緊急手術のあともすぐERに入って、先生には疲れとか感情とかないんですか?」


さらっと失礼な発言をする佐藤に、裕人は全く気にした様子もなく淡々と答える。


「無駄な感情は現場での判断を鈍らせる。
患者の前で必要なのは情ではなく、正確な診断と迅速な処置だけだ」



< 1 / 13 >

この作品をシェア

pagetop