完璧なエリートたちは私を逃がさない〜フェニックスの戦略と誤算、極秘の溺愛オフィスラブ〜
第2話 届かない背中と、新世界への翼
「フェニックス・ジャパンに内定……!?」
夏葉がその知らせを聞いたのは、ゼミの資料室で作業をこなす、達と敦の口から直接告げられた時だった。
『フェニックス』。
アメリカに本社を置き、世界中の経済を動かす巨大グローバル企業。その日本支社である『フェニックス・ジャパン』は、採用人数が極端に少なく、入社できるのは「選ばれし天才」だけだと言われていた。
「すごいですね、先輩たち……! 本当に、すごいです」
夏葉は顔を赤らめ、上気した瞳で二人を見上げた。その眩しさに、一瞬だけ視界が滲むような気がした。憧れの背中に少しでも近づこうと必死に走ってきたけれど、二人は軽々と、夏葉の想像も及ばないような高い場所へ飛び立とうとしている。
(おめでとうございます、と言わなきゃいけないのに。……どうして、もっと遠くに行っちゃうような気がするんだろう)
「まあな。あそこなら、やりたいことができそうだし」
達は、いつものようにスマートに微笑み、夏葉の頭を軽くポンと叩いた。その仕草は相変わらず優しくて、けれど今の夏葉には、それが「手の届かない人」からの慈しみに感じられて、胸の奥がチクリと痛んだ。
「夏葉。お前も、そんな顔すんな。俺たちがどこに行こうが、何も変わらねえよ」
敦がぶっきらぼうに言う。鳳光学院でエースを張ってきた彼らしい、揺るぎない自信に満ちた言葉。夏葉は、二人の精鋭が実力で内定を勝ち取ったのだと信じて疑わなかった。
しかし、夏葉は知らなかった。この内定が、単なる「選考の結果」ではないことを。
実は、アメリカにあるフェニックスの本社から、二人には直接のスカウトが入っていた。「すぐにでもアメリカ本社へ来てほしい」と。本来なら、世界の中枢でキャリアをスタートさせるのが、彼らににとって最も輝かしい選択だったはずだ。
それなのに。二人は、迷うことなく本社からの誘いを断った。
「日本支社での採用で構わない。いや、日本にいたいんだ」
その理由は、ただ一つ。
(……ここに、夏葉がいるから)
アメリカに行ってしまえば、彼女の成長をそばで見守ることはできない。誰か他の男に、あの健気な笑顔を奪われるかもしれない。そんなリスクは、どんなキャリアよりも受け入れがたいものだった。
自分たちがどれほど特別な評価を受け、どれほどの将来を「彼女のために」手放したのか。それを夏葉に教えるつもりはなかった。ただ、彼女が自分たちを追ってこられる距離に、いつまでもいたかった。
達と敦が卒業し、キャンパスからあの圧倒的な存在感が消えた春。夏葉の中に残ったのは、寂しさよりもむしろ、ひりつくような「野望」だった。
(私も、あの場所へ行きたい。先輩たちが見ている景色を、私も見たい)
夏葉はそれまで以上に自分を追い込み、フェニックス・ジャパンの入社試験に臨んだ。しかし、現実に突きつけられたのは非情な結果だった。
「……不採用」
手元に届いた通知を、夏葉は何度も見返した。スペックは引けを取らないはず。努力もした。
けれど、フェニックスの門は彼女の前で固く閉ざされた。二人のためにあらかじめ『特等席』が用意されていたことなど知る由もない夏葉にとって、その場所は、どれほど手を伸ばしても届かない蜃気楼のようだった。
惨敗のショックで、足取りも重くキャンパスを歩いていたある日のこと。
夏葉は、学生相談課の掲示板の前で足を止め、一枚の貼り紙を見つけた。
『リチャード大学 交換留学生募集 ― 経済学の権威、リチャード教授による直講』
リチャード大学。そこは、あの敦が卒業した鳳光学院のトップ層ですら、一握りしか足を踏み入れることができない「世界の最高峰」だった。
(……ここなら)
夏葉の指先が、無意識にその貼り紙に触れた。
今のままでは一生、二人の後輩という「庇護対象」で終わってしまう。敗北の悔しさを燃料に、彼女の中に激しい炎が灯った。
周囲の驚きをよそに、夏葉は猛烈な勢いで留学の選考試験を突破した。
出発の日。夏葉は空港で日本の空を見上げ、二人の背中に誓った。
「待っていてください。次に会う時は、隣に立ってみせますから」
甘酸っぱい憧れに胸を焦がした『大学時代の夏葉』は、分厚い雲の下に、すべて置いてきた。
見知らぬ異国の地、アメリカ。そこには、彼女が想像もしなかった厳しい試練と――そして、後の彼女を救うことになる『ある出会い』が待っている。
そんなことも知らずに、夏葉は新世界へと足を踏み入れた。
夏葉がその知らせを聞いたのは、ゼミの資料室で作業をこなす、達と敦の口から直接告げられた時だった。
『フェニックス』。
アメリカに本社を置き、世界中の経済を動かす巨大グローバル企業。その日本支社である『フェニックス・ジャパン』は、採用人数が極端に少なく、入社できるのは「選ばれし天才」だけだと言われていた。
「すごいですね、先輩たち……! 本当に、すごいです」
夏葉は顔を赤らめ、上気した瞳で二人を見上げた。その眩しさに、一瞬だけ視界が滲むような気がした。憧れの背中に少しでも近づこうと必死に走ってきたけれど、二人は軽々と、夏葉の想像も及ばないような高い場所へ飛び立とうとしている。
(おめでとうございます、と言わなきゃいけないのに。……どうして、もっと遠くに行っちゃうような気がするんだろう)
「まあな。あそこなら、やりたいことができそうだし」
達は、いつものようにスマートに微笑み、夏葉の頭を軽くポンと叩いた。その仕草は相変わらず優しくて、けれど今の夏葉には、それが「手の届かない人」からの慈しみに感じられて、胸の奥がチクリと痛んだ。
「夏葉。お前も、そんな顔すんな。俺たちがどこに行こうが、何も変わらねえよ」
敦がぶっきらぼうに言う。鳳光学院でエースを張ってきた彼らしい、揺るぎない自信に満ちた言葉。夏葉は、二人の精鋭が実力で内定を勝ち取ったのだと信じて疑わなかった。
しかし、夏葉は知らなかった。この内定が、単なる「選考の結果」ではないことを。
実は、アメリカにあるフェニックスの本社から、二人には直接のスカウトが入っていた。「すぐにでもアメリカ本社へ来てほしい」と。本来なら、世界の中枢でキャリアをスタートさせるのが、彼らににとって最も輝かしい選択だったはずだ。
それなのに。二人は、迷うことなく本社からの誘いを断った。
「日本支社での採用で構わない。いや、日本にいたいんだ」
その理由は、ただ一つ。
(……ここに、夏葉がいるから)
アメリカに行ってしまえば、彼女の成長をそばで見守ることはできない。誰か他の男に、あの健気な笑顔を奪われるかもしれない。そんなリスクは、どんなキャリアよりも受け入れがたいものだった。
自分たちがどれほど特別な評価を受け、どれほどの将来を「彼女のために」手放したのか。それを夏葉に教えるつもりはなかった。ただ、彼女が自分たちを追ってこられる距離に、いつまでもいたかった。
達と敦が卒業し、キャンパスからあの圧倒的な存在感が消えた春。夏葉の中に残ったのは、寂しさよりもむしろ、ひりつくような「野望」だった。
(私も、あの場所へ行きたい。先輩たちが見ている景色を、私も見たい)
夏葉はそれまで以上に自分を追い込み、フェニックス・ジャパンの入社試験に臨んだ。しかし、現実に突きつけられたのは非情な結果だった。
「……不採用」
手元に届いた通知を、夏葉は何度も見返した。スペックは引けを取らないはず。努力もした。
けれど、フェニックスの門は彼女の前で固く閉ざされた。二人のためにあらかじめ『特等席』が用意されていたことなど知る由もない夏葉にとって、その場所は、どれほど手を伸ばしても届かない蜃気楼のようだった。
惨敗のショックで、足取りも重くキャンパスを歩いていたある日のこと。
夏葉は、学生相談課の掲示板の前で足を止め、一枚の貼り紙を見つけた。
『リチャード大学 交換留学生募集 ― 経済学の権威、リチャード教授による直講』
リチャード大学。そこは、あの敦が卒業した鳳光学院のトップ層ですら、一握りしか足を踏み入れることができない「世界の最高峰」だった。
(……ここなら)
夏葉の指先が、無意識にその貼り紙に触れた。
今のままでは一生、二人の後輩という「庇護対象」で終わってしまう。敗北の悔しさを燃料に、彼女の中に激しい炎が灯った。
周囲の驚きをよそに、夏葉は猛烈な勢いで留学の選考試験を突破した。
出発の日。夏葉は空港で日本の空を見上げ、二人の背中に誓った。
「待っていてください。次に会う時は、隣に立ってみせますから」
甘酸っぱい憧れに胸を焦がした『大学時代の夏葉』は、分厚い雲の下に、すべて置いてきた。
見知らぬ異国の地、アメリカ。そこには、彼女が想像もしなかった厳しい試練と――そして、後の彼女を救うことになる『ある出会い』が待っている。
そんなことも知らずに、夏葉は新世界へと足を踏み入れた。