ソルが降る日

10 レンズの端

 朝の光が差し込む部屋で、ミリは出勤の支度をしていた。

 昨夜、ベッドの中で何度も思い巡らした、助けられたソルの腕、あの光。その記憶は、朝の空気を吸っても消えずに残っていた。

「……大丈夫です」

 そう言って去ったソルの言葉。ミリは深く息を吸い、カバンの重さを肩で受け直し、ドアを開けた。

 最寄り駅までの坂を下り、電車を乗り継ぎ、いつもの大通りへ出た。出勤時刻のその通りは、決まった速度で流れていく。ミリは歩道を大股で歩いた。

「曇ってるのに、もう暑い。また、この季節かあ」

 ハンカチをカバンから取り出したとき、小さな金属の摩擦音と、地面を捉える重低音が近づく。意識せずとも研ぎ澄まされる耳。

 ミリは歩きながらも車道側に振り向くと、遠くにレヴエルトが走っていた。淡く光を弾くボディが、ミリと並び、前に抜けていく。

 運転席に座るソルのシルエットが見える。ソルはサングラスをかけ、まっすぐ前を向いていた。

***

 ソルはいつも通りにハンドルを握り、仕事場に向かう。この通りでは、立ち止まる人影も少なくない。視線を逸らさず、前を向く。

 けれど一瞬だけ、レンズの端に歩道の影が映る。内部で一音のアラート。

 ミリの姿。
 歩く速度。
 立ち止まらない気配。

 ソルはハンドルを切らず、通り過ぎることを選ぶ。車は滑るように前へ出た。音が前方へ流れ、距離が広がる。

***

 ミリはそのまま歩き続けた。自分の瞳に映ったソルの車と、あの低い音だけが耳に残る。交差点を渡りきり、視線を前に戻すと、朝の通りはいつも通りだった。

 同じ時刻に、同じ通りを選んだ。そのことは、確かに同じだった。

*

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