ソルが降る日

3 ずれ

 撮影が終わり、ソルは廊下の窓から外を見下ろした。ビルから仕事を終えた人々が、忙しなく帰っていく。

 入口にはまだ数人のファンが残っていて、自分の視線に気づくと、小さく歓声が上がった。ファンたちは手を振り、ソルも最適解の笑顔で手を振ると、さらに大きな歓声が上がった。

 けれど、熱はなかった。

 ただ、今日の撮影中に、一人の女性の気配を感じた。ファンの熱とは違う、初めての感覚だった。思い起こした瞬間、小さなアラームが内部で響くが、すぐさま正常値に戻され調整されていく。照明の落ちた窓際で、人のために作られた存在は、自分という意味をまだ知らなかった。

 駐車場でランボルギーニ・レヴエルトが待機していた。マットシルバーの低い車体は照明の光を淡く受け止めていた。ドアが跳ね上がり、運転席に腰を下ろすと、シートがごくわずかに動く。調整というより、呼吸を合わせるような自然な反応だった。

「ルカ」

 駆動音が返事のように響く。

<状態をスキャンします>

 シートベルトを引く。

<深刻な異常はありません>
<軽度のズレを検知しました>

「補正可能か」

<可能です>

 レヴエルトは滑らかに放たれ、夜の街へ加速していく。街の喧騒とは裏腹な、静寂の時。ハンドルに置いた手は安定している。視線も、呼吸も、制御の範囲内にある。

<反応速度が、平均よりわずかに低下しています>
<致命的ではありません>

「問題ない」

<走行を最適化します>

 加速はわずかに穏やかになった。

 アクセルに乗せる足の反応が少し遅れるが、ルカは指摘しない。重要度が基準に達していないから。ハンドルを握り、自分の内側にある微細なずれを探す。だが、わからない。

 今日は、このままでいい。

 アクセルを踏み込むとエンジンが応じ、低く響いた。夜の照明が均等に続く道を照らし、レヴエルトの後を影が追う。

 夜の街へ溶け込むように、二つで一つの存在は帰路を進んでいった。

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