今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 働き始めて一週間が経ち、お店の仕事にもずいぶん慣れてきた。体の調子もよく、がんばろうと意欲に溢れている。

 ただ、部屋にひとりになると、どうしても蓮さんを思い出してしまう。そのたびに涙が溢れて止まらない。

 蓮さんは、そろそろ出張から帰ってくるはずだ。聡い彼のこと、私たちの入れ替わりに瞬時に気づいてしまうかもしれない。

 上手くいくはずがない。そう思いながらも抵抗しきれなかった私は、せめて藤沢屋の未来を守ろうと精いっぱいを尽くしてきた。
 ここからは舞にがんばってほしいと思うが、不安しかない。

 それに、蓮さんの隣に自分以外の女性が立っている姿を想像するだけで胸が苦しくなった。

 下腹部にそっと手を添える。

 いつかは、蓮さんを忘れられるだろうか。

 過去は振り返らない。この子を守るためだけに生きていく。そう誓いを新たにすることで、傷ついた心から目を背け続けている。

 支度を済ませて、自宅に併設された食堂へ向かう。すでに仕込みが始まっており、私が顔を出すとお父さんと裕樹君が迎えてくれた。

「唯ちゃん、今日は僕も一緒に働くからよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 学校へ行かない日の裕樹君は、父親と一緒に厨房に立つ。まだ任された料理は限られているというが、朝食でいただいた彼の作ったおひたしはとても美味しかった。

 せっかくここで働くのだから、自分も料理を覚えたい。藍とそう話していたところを聞きつけた裕樹君が、時間のあるときに一緒にまかないを作ろうと言ってくれている。

 時間になって店を開けると、すぐに席が埋まっていく。手軽に入れて、料理はボリューム満点。もちろん味は間違いなしのこの食堂は、昔から人気で混雑時はたくさんの客が訪れる。

「いらっしゃいませ」

 声を張ることも慣れた。
 中には「新顔かい? がんばって」と、声をかけてくれる人もいる。とても温かな職場で、居心地がよかった。
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