今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
「唯ちゃん、そろそろ休憩に入ってね」

 客の集中する怒涛のお昼時が過ぎ、お母さんが声をかけてくれる。食堂は夕方まで休みとなり、今のうちに片づけや午後に向けた準備が進められる。

「はあい。これだけ片づけちゃいますね」

 一緒に仕事をすることで、藍の家族とはますます打ち解けた。楽しいと思える瞬間もたくさんあり、気がまぎれている。

 遅めの昼食を取って休憩し、再び店先に戻る。夕方の開店までまだ時間に余裕はあるが、今のうちにテーブルの上を整えて回る。それから店先を簡単に掃除して、引き返そうと思ったそのとき。

「こんにちは」

「ごめんなさい。まだ開店していなくて――」

 声をかけられ、そう返しながら振り向く。

 背後に立っていた人物と目が合った途端、体が動かなくなった。

 反応できないでいる私に、眉を下げた困り顔をされる。そんな表情も魅力的だと、どうしようもなく魅入られてしまう。

「……蓮さん」

 呆然と呟き、我に返る。
 今の私は藤沢唯で、彼のもとにいた舞ではない。彼にとっては初対面だというのに、あまりにも馴れ馴れしかった。

「少し、話がしたんだ」

 幸いにも、彼には聞こえなかったらしい。

 この人は、どうして私の居場所がわかったのか。そもそも訪ねてきた理由は?
 まさか早々に入れ替わりがバレて、咎められるのだろうか。

「唯ちゃん、時間がかかっているけどどうかしたのか?」

 そこへ、なかなか戻らない私を心配して裕樹君が顔を出した。

「唯ちゃん、その人は?」

「裕樹君。こちらは……」

 なんとなく気まずくなりながら、蓮さんをチラッと見る。
 彼は初対面の時のような、感情のわからない冷たい表情をしていた。ちょっと、不機嫌かもしれない。

「高宮蓮と申します。すみませんが、こちらの女性と話がしたい」

 丁寧な口調なのに、ダメとは言わせない雰囲気がある。
 表情を引きつらせた裕樹君だったが、すぐに立て直した。
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