今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 それからというもの、舞から頻繁に連絡が入るようになった。

【ちゃんと黙ってる?】
【やっぱり、おろしちゃいなよ。いい病院を探しておいたから】

 そんな文面と併せて、病院の案内まで送られてくる。舞の言い分はころころと変わり、ときには中絶を強要してくる。

 私の動向を常に探られているようで、気分が悪い。
 このままでは、彼女になにかされるかもしれない。そんな恐怖に襲われて、必要以上には出歩かなくなっていった。

「体調が悪いのか? 無理してまで、母のもとへ行かなくてもいいから」
 
 いつも通りを装っているつもりでも、どこかぎこちなかっただろうか。蓮さんに心配をかけてしまって申し訳ない。

「急に涼しくなってきたから、まだ体がついていけていないみたいで」

 いかにもありえそうな理由を述べると、蓮さんはわかってくれたらしい。
 それでも彼が家にいるときは家事を手伝ってくれるし、『荷物持ちについて行くよ』と買い出しに付き合ってくれる。

「蓮さん、ありがとうございます」

「礼など不要だ。ほら、外出で疲れたろ? 少し休もう」

 特に不調を訴えたわけではない。近くまで買い物に出かけただけなのに、彼は私をソファーに座らせて、飲み物まで用意してくれた。

 いつも私を気遣ってくれる優しい蓮さんと別れることを考えると、苦しくてたまらない。
 けれど……と、そっと下腹部に手を当てる。

 私のもとに来てくれた赤ちゃんを手放すことだけは、絶対にできない。

 藤沢屋を守るのも、お腹の子を守るのも、私にしかできないこと。そのために私は、なにも言わずに去る準備を進めた。






< 88 / 111 >

この作品をシェア

pagetop