今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 十一月に入ったある日のこと。レッスンを終えたところで、お義母様から声をかけられた。

「舞さんは、本当によくがんばってくれたわね」

「ありがとうございます」

「もうすでに、こちらが要求しただけの知識や技術をすべて身につけられているわ」

 上を見ればきりがないけれど、たしかに言われたことはちゃんと覚えられている。

「あなたのご両親にも連絡をいれたのだけれど、そろそろ本格的に結婚の準備を進めようと思うの」

「え?」

「あなたが優秀だから、予定よりも早く動きだせるわね」

 結婚の話は、年明けから詰めていくことになっていた。それが二カ月も早まったということは、蓮さんとの別れもそれだけ前倒しになったということ。

 私の努力を認めてくれるお義母様に、ちゃんとお礼を言えていただろうか。呆然としたまま義実家を後にし、それから我に返って藍に連絡を入れた。

『了解。いつ唯が来てもいいように、準備はもう整っているの。両親にも知らせておくわ』

「ありがとう、藍」

『お相手には、本当になにも言わないままでいいのね?』

 蓮さんへの気持ちも、藍に打ち明けている。それもあって、彼女は何度も『話さなくていいの?』と問いかけてきた。

 この縁談は、私個人の判断でどうこうできるものではない。最も優先すべきは、お腹の子を守ること。それから、藤沢屋の未来を潰さないこと。

「ありがとう、藍。気持ちの整理はついている」

 平気なふりをして嘘をつく。

「迷惑をかけちゃうけれど、よろしくお願いします」

 スマホ越しで姿は見えないが、深く頭を下げる。

『いいのよ。唯が実家に来る日に、私も帰るわ。まずは歓迎パーティーをするわよ』

 私を元気づけるように、藍がことさら軽く言う。

「楽しみ。じゃあ私は、ケーキを買っていくね。美味しいお店を見つけたの」

『主役は手ぶらでいいのに。でも唯のお気に入りは外れがないから、絶対に食べたい!』

 楽しいこと考えていても、胸の痛みはなくならない。空元気なのは、バレバレだっただろう。
 でも藍に心配をさせないためにも、苦しみは表に出さないでいたかった。
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