バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される

 化粧室へと寄った有希を待つ間、詩織は少し火照った身体を冷ますために、ライトアップされたホテルの広大な中庭を一人で歩いた。

 美味しい料理と有希との会話が楽しくて、ついついお酒が進んだ。冷たい夜風が心地よい酔い覚ましになる。

 庭園の奥の方へと進むと、本館の雰囲気とは異なる、格式高い和風の建物が見えてきた。そういえばホテルの案内図に、離れに老舗の料亭が入っていると書いてあったことを思い出す。
 ちょっとした興味本位だ。
 風情のある建物の近くへと近づいてみた。

 すると、静まり返った暗がりの向こうから、かすかに人の気配と、ひそひそとした会話のトーンが聞こえてくる。

『あっ……』

 若い女性の、小さな悲鳴のような声が、静かな庭に響く。詩織はその声につられるように、思わずそちらの方向へと振り向いた。



*



「すみません、ありがとうございま……」

 鷹木の腕の中に体勢を崩したまま、麗子がゆっくりと顔を上げた。
 至近距離の暗がりの中、二人の顔が急接近する。鷹木がもう一歩踏み込んだのと、麗子が勢いよく振り向いた瞬間が重なる。

 柔らかい肉体の感触とともに、お互いの唇と唇が、うっかり掠めてしまう。

「……!」

 鷹木は息を呑み、ばっと弾かれるようにして麗子の身体から身を離した。

「ま、まぁ……ごめんなさい、私ったら、なんてことを……」

 麗子はあわてて両手で自身の口元を覆う。
 街灯の下で頬を染めてみせた。

「い、いえ、あの、お気になさらず。こちらこそ、不注意ですみません」
「でも……私たち、今、キスをしてしまったわ」
「事故です。ただの不慮の接触事故です。ね、麗子さん」
「でも……」



*



 その様子を目撃してしまった詩織は、息を潜め、サッと大きな木の裏へと身を隠した。


ーードクドク、ドク


 心臓が、耳の奥でうるさいほどの音を立てて脈打ち始める。冷や汗が背中を伝った。

 最初の小さな悲鳴以外、暗がりに隠れながらの二人の会話は、正確には聞き取れなかった。
 しかし、見間違えるはずがない。

 あそこに立っていた男は、間違いなく鷹木だ。

 昨晩、一緒に眠った。今朝も自分を抱きしめてくれた。行ってらっしゃいのキスをした、詩織の恋人である鷹木が、美しい振り袖姿のお嬢さんと親密に抱き合っていた。
 そして、二人の唇が確かに……。

 誰なのだろうか、あの綺麗な女性は。
 なぜ彼は、弁護士同士の会合だと詩織に嘘をついてまで、彼女と二人きりで会っているのだろうか。
 そして、目の前で行われた、あのキスは……。

 詩織の目の前の景色が、夜の闇よりも深く、真っ暗に染まっていくように思えた。
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