バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
おかしい。
鷹木は、誰もいない事務室で書類を見つめたまま、奥歯を噛み締めていた。
『頭が痛いから客間で寝る』
『勉強するから夜は遅い』
『有希の家に泊まる』
『今日も泊まる』
詩織からのメッセージには、脈絡のない理由ばかりが並んでいる。会えない時が続いていた。
初めに『泊まる』と連絡をもらってから、もう三日だ。家の中に詩織の気配がないだけで、部屋の空気が酷く冷たく感じられた。
それとなく『有希さんに何かあったの?』とメッセージを送り、通話も試みてみたが『いろいろあって』と濁された。
詩織の大切な友人のプライベートを、男である自分が根掘り葉掘り聞くべきではないだろう。
そう頭では理解しつつも、何か異変が起きているという不穏な胸騒ぎも抑えきれない。
西園寺麗子との見合いの後、鷹木が詩織に対して感じていた気まずさは、急速に不安へと変化し、今はもう、自分を罰するために重くのしかかる石のようになっている。
半ば騙し討ちのようにセッティングされたものの、見合いをしたこと。事故とは言え、結果として麗子の唇に触れてしまったこと。
詩織に申し訳なく、とてつもない罪悪感が押し寄せた。どうにか無かったことにできないかと、この数日間、仕事中も移動中も悩みに悩んだ。
だが、やはり正直にすべてを話すことにした。
単に自分が罪悪感から解放されてスッキリしたいだけではないか、という葛藤もある。しかし、小さな隠し事をして後から揉め事が大きくなるケースを嫌というほど見てきた。話しておいた方がきっと良い。
彼女なら、事故だったと言えば分かってくれるはずだ。
そう強く決心したというのに、肝心の詩織が家に帰ってこない。
頭が痛いからと別々に寝た日。あの翌朝、気まずい思いを押してでも話してさえいれば、何かが変わっていただろうか。残業をしないため早朝出社に切り替えた自分の判断が、間違っていたのだろうか。
今の鷹木にとっては、お見合いをしてしまったことへの心苦しさよりも、彼女の顔を見ることすらできないもどかしさ、焦燥感の方が遥かに辛かった。
「……ふぅ」
誰もいない執務室に、大きなため息が漏れる。
家に帰っても詩織がいないことが、寂しくて寂しくてたまらない。彼女と二人で暮らす日々に慣れてしまった今、一人きりの生活になど戻れる気がしなかった。
早く帰ったところで、彼女の不在を突きつけられるだけだ。時間を持て余すのが嫌で、鷹木はただ機械的に事務所で残業を続けていた。
ふと壁の時計を見上げる。針はすでに二十一時半を指している。
「今から出れば……間に合うか?」
今から車を出せば、彼女が施設を出る時間に間に合うかもしれない。職場まで迎えに行くのはどうだろうか。帰ってきてくれたら嬉しいが、とにかく詩織の顔が見たい。
もしどうしても有希の家に行く必要があると言うならば、詩織を有希の家まで送れば良いだけだ。
鷹木はデスクから立ち上がると、上着を引ったくるようにして手に持ち、部屋の電気を消した。
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