忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
「こ、心菜っ……」
咄嗟に立ち上がった圭介の、その両手が伸びてきた。
あたりまえに私に触れようとするその手を払いのけた。
「どうして私のこと知ったのか――なんて、聞くまでもないよねっ」
――私が若葉さんにしたひどいことのすべてを最初から知っていたんでしょう? 私という人間の浅ましさのなにもかも、全部。
「……っ」
抗えず表情が歪んで、私は両手で顔を覆った。
「心菜っ、そうじゃない……、俺――」
店内のBGMが私たちの争いを隠している。だが近くに座っている客は何事かと私たちに視線を向けている。
「――ココ、まず座って」
道哉の声に、圭介が自分の隣の席を空けた。
「……」
けれど私はそれを無視して道哉の隣に座った。
「圭介クン、もう観念したら?」
道哉が突き放すように言うと、圭介は声を震わせた。
「……ごめん、心菜……、母さんの復讐とか、そんなんじゃない」
「だったらどうして隠してたのっ?」
泣きそうになりながら、下唇を噛んで圭介を睨みつけた。
「俺……」
圭介は俯いて両肩を突っ張らせた。
「自分の気持ちに気づくの遅くて……先に気づいたのが、母さんで……」
「!」
私の心臓がバクン、と音を立てた。
「……母さんには、ただ遠くから見てるだけって、言ったけど……」
圭介は、苦し気に胸元を擦った。
「じゃあ、なんで、あのビルのバイトを探したんだろう、って」
そして私を強く、深く、見つめた。
「……自分の気持ちに立ち止まってそれで」
「……」
私は圭介と同じように、強く、深く、圭介を見つめていた。
頭の中を覆っていた乳白色の靄が、静かに透明になっていった。
興奮も怒りも一緒に吸収されていく。
……圭介が以前言ってくれた言葉を思い出していた。
――ずっと目で追ってました。あなたのことが気になって、これが恋かどうか一生懸命考えて、悩んで、遠くから見ているだけにしなきゃいけないと思ってたけど……
忘れるわけがない。
圭介が告白してくれて、私たちが付き合い始めた日のことだ。
……圭介、あのとき『本当のこと』を言ってたんだ。
「……」
涙が、勝手に頬を伝った。