魔法が使えないと虐げられていた令嬢は、余命わずかな辺境伯の妻になりました

第6話 好きなことをしていい

 不安を抱えたまま、クリスティアーナはマリーに連れられて部屋を出た。向かったのはサロンだった。
 扉が開くと、そこにはジェラードと、一人の男がいた。
 年は五十を過ぎた頃。落ち着いた物腰で、傍らには革張りの鞄が置かれている。
 クリスティアーナが入ってくると、ジェラードが顔を上げた。
「来たか。そこに座れ」
「はい」
 言われたとおり向かいの椅子へ腰を下ろしながら、クリスティアーナはそっと男を見た。
(いったい誰なのかしら……)
 そんな疑問を抱いたところで、ジェラードが口を開いた。
「医師だ。君の身体を診てもらうために呼んだ」
「わたしの身体を……?」
「君にはアルディオン辺境伯家の跡継ぎを産んでもらわなければならない。産める身体かどうか、医師にきちんと診てもらう」
「……承知しました」

 ジェラードは昨日会ったときから、クリスティアーナが異様に痩せていることには気づいていた。さらに昨夜、侍女長から彼女の状態について報告を受けている。
 アルディオン辺境伯家の跡継ぎを産んでもらう以上、このまま放っておくわけにはいかない。必要なら治療を受けさせ、適切な食事を与え、健康を取り戻させるつもりだった。
 少なくともジェラードには、彼女をテニエス伯爵家へ返すという考えはない。

「では、奥様。まずは脈を診せていただきます」
 医師に声をかけられ、クリスティアーナは袖口から細い手首を差し出した。
 医師は脈を取りながら顔色を確かめ、それからいくつか質問を重ねていった。
「食欲はありますか?」
「はい」
「今までは、どんな食事をしていましたか?」
「使用人たちが食べ残したものを……パンだけの日もあれば、スープだけの日もありました」
 医師の手がわずかに止まった。
「あなたはテニエス伯爵令嬢でしたよね? 使用人が食べ残したものしか食べられないなんて……」
「わたしは魔紋のない役立たずなので、仕方がないんです。貴族なのに、なにひとつ魔法を使えません」
 クリスティアーナは何でもないことのように答えた。

 だが、傍らに立つマリーは息を呑み、医師は明らかに表情を曇らせた。
 ジェラードの顔からも、すっと表情が消える。
 魔紋がないというだけで、実の娘にまともな食事すら与えず、使用人の残り物で食いつながせていた。
 その事実を知り、ジェラードの胸にはテニエス伯爵への怒りがじわじわと広がっていった。
 確かに彼は、結果としてクリスティアーナを金で買うような形で妻に迎えた。しかし、それは必要に迫られてのことであって、弱い者をいたぶることに喜びを感じるような男ではない。

 一方のクリスティアーナには、三人がなぜそんな顔をしているのかわからなかった。不思議そうに目を瞬かせた。

 いくつか質問を終えると、医師はさらに詳しく身体の状態を確認したいと言った。
 クリスティアーナはマリーに付き添われて隣室へ移り、衣服を緩めて診察を受けた。医師は痩せ細った体を慎重に確かめていく。
 その後、再びサロンへ戻ると、医師は重い息を吐いた。

「かなり栄養状態が悪いですね。すぐにどうこうという病ではありませんが、身体がひどく弱っています。この状態で妊娠は到底無理ですな」

 その言葉を聞いた瞬間、クリスティアーナの身体が強張った。

(やっぱり、わたしはここでも役立たずなんだ)

 昨日、アルディオン辺境伯家の跡継ぎを産むことが自分の役目だと言われたばかりなのに、それすら果たせない。

(帰される……捨てられるんだ)

 そう思った途端、目に涙が浮かんだ。
 テニエス伯爵家へ戻れば、今度こそ何をされるかわからない。
 せっかくここでは怒鳴られることもなく、温かな食事も柔らかなベッドも与えてもらえたというのに。
 クリスティアーナは膝の上でぎゅっと指を握りしめた。
 やがて自分に浴びせられるであろう罵声を、怯えながら待った。

(これから罵られて、テニエス伯爵家へ帰れと言われる。きっとそうだわ)

「どれくらいで回復する?」
 ところがジェラードは医師にそう尋ねただけで、クリスティアーナを責める素振りすら見せなかった。
「きちんと食事を取り、十分に休めば、徐々に回復するでしょう。ただ、少なくともひと月ほどは無理をさせないほうがよろしいかと」
「そうか」
 ジェラードは短く答え、それからクリスティアーナを見た。
「聞いたとおりだ。しばらく子どものことは考えなくていい」
「……え?」
 思わず声が漏れた。
「まずは身体を治せ。食べられるものはしっかり食べて、よく眠れ。体調が戻るまでは、好きなことをして過ごせばいい」
 クリスティアーナはぽかんと彼を見つめた。
 何を言われているのか、一瞬理解できなかった。
「あの……よろしいのですか?」
「何がだ?」
「わたしはすぐにお役目を果たせないので、ただの厄介者ですよね。テニエス伯爵家に戻さなくていいのですか?」

 ジェラードはわずかに眉を寄せた。
「君はそんな所に帰りたいのか?」
「いいえ! ……絶対に……帰りたくありません」
「それなら、ここで健康になるよう努力しろ。俺だって、食事もまともに食わせてもらえない場所に戻すつもりはない。仮にも妻として迎えた女性だ。俺をなんだと思っているんだ?」
 その言葉に、クリスティアーナはほっと胸を撫で下ろした。

 ジェラードにしてみれば、至極当然の話だった。
 弱り切った身体のまま無理をさせて妊娠させるつもりはない。まして、ここまで彼女を衰弱させたテニエス伯爵家へ送り返すなど、寝覚めが悪すぎる。
 ならば、この屋敷で健康を取り戻してから、妻としての務めを果たしてもらえばいい。それだけのことだった。

「必要なものがあれば遠慮なく言え。好きな食べ物でも、読みたい本でも、マリーに言えば俺が用意する。散歩でも読書でも、何でも好きにすればいい。今は身体を治すことだけ考えろ」
「……好きなことを、してもいいのですか?」
「ああ」

 クリスティアーナはますます戸惑った。
 好きなことをしていい。
 そんなことを言われたのは、母ジョアンナが亡くなって以来、初めてのことだった。
 役に立てないのなら責められるものだと、彼女はずっと思っていた。少なくとも、テニエス伯爵家ではそうだった。

 それなのにジェラードは怒るどころか、食べて、眠って、好きなことをして健康になれと言う。

(……本当に?)

 恐る恐る彼の顔を見ても、冗談を言っているようには見えない。
 ジェラードのほうは、なぜそこまで驚かれるのか、むしろ心外そうに言った。
「まったく、君は俺をなんだと思っているんだ? これほど衰弱した君を放り出すほど鬼畜じゃないつもりだが……」
「ご、ごめんなさい」
 慌ててクリスティアーナが謝ったところで、医師が口を挟んだ。

「ところで、ジェラード様。ひとつ気になることがございます。奥様の背中に、見たことのない魔紋があるのです」
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私はステファニー・ジュベール。ルコント王国のジュベール侯爵家の一人娘よ。レオナード王太子とは10歳の頃に婚約したの。そこからの王太子妃教育はかなりきつかったけれど、優しいレオナード王太子殿下の為に一生懸命努力を重ねたわ。 レオナード王太子殿下はブロンドで青い瞳に、とても整ったお顔立ちの方だった。私達は王立貴族学園に一緒に通い、お互いの気持ちは通じ合っていると信じていたのよ。ちなみにこの国では、13歳から16歳まで学園に通うことになっているわ。 初めは楽しかった学園生活。けれど最終学年になった頃よ。私のお父様が投資に失敗し、ジュベール侯爵家に大きな負債をもたらしたの。おまけに私の美しかったブロンドの髪がだんだんと色あせ・・・・・・明るく澄んだ青い瞳の色も次第に変わり始めると、学園内でレオナード王太子殿下は公然と私に心ない言葉を投げつけるようになったわ。 「ねぇ、今のステファニーの立場をわかっている? 今の君では到底王太子妃の地位に相応しくないと思わないかな? いっそ辞退してくれれば良いのにねぇ」  あれほど優しかったレオナード王太子殿下は、手のひらを返したようにそうおっしゃるようになったのよ。  私はそんな酷い言葉を投げつけられても悲しいだけで、レオナード王太子殿下のことを嫌いにはなれない。だって、以前はとても優しかったから、あの頃の彼を信じていたいのよ。  でも、そんな私の思いとは裏腹に、卒業を迎えた半年ほど前から、私は学園でバーバラ・ゲルレーリヒ男爵令嬢を虐めていると言いがかりをつけられるようになり・・・・・・  これは私が大好きだったレオナード王太子に裏切られ悲しい思いをしたけれど、それ以上に幸せになる物語よ。 ※全く史実には基づかない異世界恋愛ファンタジーです。現代的な表現や機器などでてくる場合があります。 ※青空の作品では難しい漢字は使わず、なるべく平仮名で表記するように、読みやすさを心がけています。 ※全年齢向きです。 ※冷たくされてもレオナード王太子殿下を嫌いになれない、つい期待してしまう乙女な性格の主人公です。(タグの削除や追加の可能性あり) ※アルファポリス、カクヨムにも投稿しております。

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