放課後、交渉します!―天才ヒロインは恋だけ解けない―
第2話 三人とも「正しい」

「まず、何が起きてるのか聞かせて」

そう言ったのに、三人はすぐには話し始めなかった。

第二理科室の真ん中には、蝶の羽みたいな薄いパネル。その周りを囲むように机が並んでいるのに、莉々花たちはわざわざ離れて座っている。

私は立ったまま三人を見回した。

長い髪をひとつに結んだ女子が、最初に口を開く。

「私は莉々花。星の地平線の代表」

「代表って、部長みたいな?」

「近いけど、部活そのものじゃない。日米の中学生が参加する宇宙居住デザイン会議の、学校代表候補チーム」

思っていたより話が大きい。

私はもう一度、中央のパネルを見た。

「宇宙居住って、宇宙で暮らす家を考えるってこと?」

「家だけじゃないよ」

椅子を逆向きにしていた男子が、背もたれに腕をのせた。

「人が長く暮らすなら、寝る場所もいるし、作業する場所もいるし、具合悪くなった時に休ませる場所もいる。全部ずっと固定だと、せまい宇宙船の中がもったいないでしょ」

「大聖。説明をはしょりすぎ」

莉々花がにらむ。

「二葉さん、この人は大聖。プログラムと記録担当」

「この人って言い方ひどくない?」

「今は黙って」

大聖は肩をすくめた。

匠が中央のパネルに近づき、端を持つ。

「僕は構造設計。これは可変パーティションの試作」

「パーティションって、間仕切り?」

「うん」

匠がパネルの一部を押すと、薄い面が折れ、隣の面へ重なるように動いた。

広げれば壁になり、たためば小さくなる。

さっき私がチョウチョと言った細い骨組みは、よく見ると中央から枝分かれしていて、ただの飾りではなさそうだった。

「限られた空間を、その時に必要な形へ変えるためのもの」

匠が続ける。

「普段は作業区画、休む時は個室、必要なら簡単な医療区画にもできる。壁を何枚も持っていかなくていいようにするんだ」

「へえ……」

思わず声が出た。

それは普通に面白い。

「で、これが壊れたの?」

私が聞くと、三人が同時に口を開いた。

「壊れてない!」

「壊れたようなものだよ」

「そこが今日の長編ドラマでして」

三人とも違うことを言う。

私は手を上げた。

「順番」

ぴたりと止まった。

こういうところは、クラスの揉め事と同じらしい。

私は一番近い椅子を引き、三人のちょうど中間に座った。

「莉々花から」

「今日、安全確認の試験をしたの」

莉々花は待っていましたとばかりに前のめりになる。

「何度も開け閉めして、ゆがみが出ないか確認した。そしたら一部の連結部分に予想より負担がかかってた。だから私は、その部分の設計を変えようって言ったの」

「私は、ってことは匠は反対?」

匠がうなずいた。

「負担が出たのは事実。でも、構造全体を変えるほどじゃない。問題が出た場所だけ直せばいいと思う」

「でも同じ仕組みを残したら、別の場所にも負担が出るかもしれないでしょ」

莉々花がすぐに割り込んだ。

「それは追加試験で確認できる」

「追加試験してまたダメだったら時間なくなるじゃん!」

「だから根本構造まで変えたら、今までの試験結果が使えなくなる」

二人の声が重なる。

私は大聖を見る。

「大聖は?」

「ぼくは、どっちでもいいとは言わないけど、先に審査資料を仕上げたい派」

「安全より資料?」

莉々花の目が鋭くなる。

「そう言ってないって。校内推薦の締め切り、来週だよ? 提出物が白紙なら、安全でも審査に出せないじゃん」

「危ないものをきれいな資料にしてどうするの」

「危ないって決まってないだろ」

今度は大聖と莉々花がぶつかり始める。

私は三人の言葉を頭の中に並べた。

莉々花は設計変更。

匠は根本構造を維持。

大聖は資料を先行。

表面だけ見れば、たしかに三人とも別方向だ。

問題は、三人とも自分の案にちゃんと理由があることだった。

誰か一人がわがままなら簡単だ。

その人に我慢してもらえば終わる。

でも、この三人は違う。

たぶん、三人とも正しい。

だから止まっている。

「ちょっと待って」

私は鞄からルーズリーフを一枚取り出そうとして、空振りした。

「あれ」

いつも入れている場所にない。

別のポケットを探す。ない。

「紙ならあるよ」

匠がすぐにノートから三枚ちぎって渡してきた。

「……ありがとう」

「二葉、紙まで忘れたの?」

「今日はたまたま」

大聖が吹き出しそうになり、莉々花ににらまれて口を閉じた。

私は三枚の紙をそれぞれ一枚ずつ配る。

「今から一個だけ書いて」

莉々花が紙を見る。

「案?」

「違う。その案で、何を守りたいのか」

「守りたいもの?」

「設計を変えるとか残すとか、資料を先に作るとかは、方法でしょ。その方法を選ぶ理由の方」

三人とも黙った。

私は続ける。

「一個だけ。かっこよく書かなくていいし、人に見せる前提で考えなくていい」

大聖がペンを回す。

「なんか急に面接っぽい」

「なら三十秒で終わらせて」

「短っ」

「長く考えると、人に見せる答えを作り始めるから」

大聖が「はいはい、天才こわ」と言いながら紙へ向かう。

莉々花も渋々ペンを取った。

匠だけは少し考え、ゆっくり書き始める。

三十秒は、意外と長い。

理科室の時計の秒針がやけに大きく聞こえた。

「じゃあ見せて」

三枚の紙を机の中央へ並べる。

莉々花の紙には、

『この研究を途中で終わらせたくない』

匠の紙には、

『使う人を危険にしたくない』

大聖の紙には、

『審査に間に合わせてチームを残したい』

私はそれをしばらく眺めた。

三人の目も、自然に中央へ集まる。

莉々花が先に言った。

「ほら、やっぱり違う」

「うん。言葉は違う」

私は莉々花の紙を指した。

「莉々花は、研究を終わらせたくない」

次に匠。

「匠は、危険なものにしたくない」

最後に大聖。

「大聖は、審査から落ちて活動そのものが終わるのを避けたい」

「だからバラバラじゃん」

莉々花が言う。

私は首を横に振った。

「方法がバラバラなんだよ」

三人がこちらを見る。

「でも三人とも、このチームを終わらせたくないんじゃない?」

誰もすぐには答えなかった。

さっきまでの言い合いとは違う沈黙だった。

大聖が最初に机へ頬杖をつく。

「……まあ、そりゃそう」

匠も紙を見たまま、小さくうなずいた。

莉々花は何も言わなかったけれど、さっきまで胸の前で組んでいた腕を下ろした。

私は続ける。

「だったら、最初に決めるのは『誰の案が正しいか』じゃなくていいと思う」

「じゃあ何を決めるの?」

莉々花が聞いた。

「このチームを残すために、何を絶対に落としちゃいけないか」

「安全性と締め切り、両方ってこと?」

大聖が言う。

「たぶん。それと、研究の目的も」

匠がこちらを見る。

「たぶん?」

「私はまだ、このパーティションのことをほとんど知らないから」

「全国優勝の人でも分からないって言うんだ」

大聖がにやっとする。

「知らないものを知ってるふりする方が、交渉では危ないよ」

答えると、大聖は「なるほど」と少しだけ真面目な顔になった。

莉々花は三枚の紙を見比べてから、私を見た。

「で、二葉さんなら、どれを採る?」

「採らないよ」

「え?」

「私が決めるの?」

「そのために呼んだんじゃないの?」

匠が口を開いた。

「僕は、決めてもらうために呼んだわけじゃない」

莉々花と大聖が匠を見る。

私も見た。

「じゃあ、何のため?」

匠は少しだけ言いづらそうに視線を外した。

「三人だと、もう相手の言葉を最後まで聞けなくなってたから」

その言い方が妙に素直で、私は一瞬返事に詰まった。

匠はいつも、もっと必要なことだけを短く話す人だと思っていた。

「二葉なら、聞けると思った」

胸のあたりが、ほんの少しだけ落ち着かなくなる。

でも今は、それを考える時じゃない。

私は三枚の紙を重ねず、少しずつ間隔を空けて机に置いた。

「じゃあ、一週間だけ」

「何が?」

「私が会議を手伝う」

莉々花の表情が明るくなりかける。

私はその前に人差し指を立てた。

「ただし条件がある」

「条件?」

「私が結論を決めないこと」

三人が黙る。

「話がぐちゃぐちゃになったら整理する。聞けてないことがあったら止める。何を決める会議なのかも一緒に確認する。でも、最後にどの案を選ぶかは三人で決めて」

大聖が首をかしげる。

「それで天才の意味ある?」

「あるよ」

私は即答した。

「自分たちで決めた答えじゃないと、次にまた揉めた時に使えないから」

莉々花はしばらく考えていた。

それから椅子を中央の机へ少し寄せる。

「一週間でいいの?」

「一週間やってダメなら、その時また考える」

「じゃあ、お願い」

大聖も椅子の向きを戻した。

「ぼくも賛成。少なくとも今よりは前に進みそう」

最後に匠を見る。

匠は最初から答えが決まっていたみたいに、うなずいた。

「お願いします」

三人の机は、まだ完全にはくっついていない。

でも、入ってきた時より距離は近い。

私はそれを見て、少しだけ肩の力を抜いた。

問題は解決していない。

安全試験も、設計も、資料も何ひとつ終わっていない。

それでも、さっきまで別々の方向を向いていた三人が、同じ机の上に三枚の紙を置いている。

たぶん話し合いって、こういうところから始まる。

「じゃあ明日、最初にやること決めよう」

私が言うと、莉々花がすぐ口を開いた。

「設計変更の範囲を――」

「待って」

私は笑って止めた。

「今日はもう結論を決めないって話したばっかり」

大聖が吹き出し、匠まで少し笑った。

莉々花だけが悔しそうに唇を結ぶ。

「……分かった。明日」

その返事を聞いて、私は机の上の手紙を鞄にしまった。

一週間だけ。

そう決めたはずだった。

この時の私は、本当にそれで終わると思っていた。

【終】

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