夕食に異世界転生鍋を作った件

EP01

 在る町に、それはそれは見事な和風庭園があった。
 花々が咲き誇り、巨大な岩と岩の合間を流れる水音だけが響き渡る静かな場所。
 その東屋には、数か月前から時折、一人の老いた男が座るようになったという。
 あるSNSからの情報によれば――。
 この男に自らの後悔を語れば、不思議と心が軽くなるのだとか。
 そして穏やかな晴れの午後3時。
 その日も東屋でくつろぐ男がいた。
 周囲の花を愛でながら茶を飲んでいると、一人の女が東屋を訪れた。
 どこか憂いに満ちた表情、秘めた想いを抱えたその眼差し。
 男はその女に語りかけた。

「……私を訪ねて来られた方か?」
「はい。あなた様に告げれば心が軽やかになると、噂を聞きつけて参りました」

 男はスッと立ち上がり、向かいの席に座るよう手で促す。
 女は意を決して、男の向かいに腰掛けると、男も静かに座り直した。

「ここで出会うのも何かの縁。……貴女の名を伺ってもよろしいか?」

 男は目を閉じた。
 女も男の言葉に、高鳴る心臓を落ち着かせ、その唇を動かす。

「はい、私は由耀(ゆよう)と申します」
「由耀さん。その後悔、私が聞こう。心穏やかに、ありのままをお話しなされ」

 男は目を閉じたまま、由耀と名乗る女の言葉に耳を傾けている。
 女は視線を男の背後に向けたまま、言葉を紡ぎ始めた。

「私の後悔は、家族を実験台にしてしまったことでございます」

 男は静かに頷き、続きを促す。
 由耀は、語り始めた。
 遠くに聞こえていた滝の音が、まるで迫って来るかのような感覚にとらわれながら。

「それは――。少しばかりの遊び心と出来心でございました」

 -*-

 あれは今年の、早春。まだ肌寒い2月末のこと。
 由耀の住む町は、遠くに大きな山を望む麓の町だった。
 山の頂にも町の軒先にも雪が積もり、大きな氷柱が屋根から垂れていた。
 故郷で食べたミートソース・スパゲティの味がどうしても忘れられなかった。
 由耀が目指したのは、故郷の名店の味――まるでイタリアの母が作るような素朴で温かみのある味わい、大食漢の由耀を満足せしめたボリューミーな一皿。
 そして幾つかのレシピを基に、由耀はミートソース・スパゲティを作った。
 出来上がった味は名店の味には及ばずとも、これまで作ったミートソースの中でも会心の出来映え。
 ただ、少々張り切り過ぎてしまったのか、3日間食べ続けても残ってしまった。
 自信作とは言え、三食ミートソース・スパゲティでは、飽きが来てしまうというもの。
 それでも夫や子供たちは黙って食べてくれた。
 しかし4日目の朝になってついに「しばらく見たくない」と言われてしまった。
 通常ならば余ったミートソースはタッパーなどに入れて冷凍する手段を取る。
 しかし運悪く、冷凍庫はすでに満杯の状態。冷蔵庫も同じような状態だった。

 ――では捨ててしまうか?

 しかしこれは由耀にとって自信作。
 この中には幾つもの食材の「魂」が込められている。
 なんとしても食べてしまいたかった。そこで由耀は策を練る。
 それがすべての始まりだった。
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