冷徹社長はトラウマ秘書を愛で包む
*
抽出の終わったコーヒーマシンから、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。
はっ、と打たれたように追憶から覚めた。冷めないうちにコーヒーを淹れなければ、と思いかけて動きを止める。目の前では、御堂が難問に直面した数学者のように気難しげに眉間に皺を寄せている。
この人は猫舌なので、ちょっと時間を置いた方がいいのだ。
熱いコーヒーが好きだった慶とは違う。
「楠の言う通り、急に求婚するのはよくなかった。反省しよう」
「ぜひそうしてください」
すぱんと返事を打ち返せて安心した。大丈夫、ここにいるのは二十六歳、社長秘書の楠紀沙だ。彼氏に捨てられた惨めな二十二歳の女の子ではない。現実感をたぐり寄せるように、右腕に抱えたタブレットの重みを確かめる。ちゃんと重い。
御堂が指先で顎を摘まみ、「求婚の前にすべきことか……」と深刻そうに独りごちている。
「それでは段階を踏んで、まずは俺と休日にデートするのはどうだ?」
「どうだ、と言われましても……。大変恐縮ですが、別の方を誘ってください」
相当辛辣な台詞を吐いているが、御堂は気分を害する様子もなかった。常は冷ややかな無表情を珍しく緩め、唇の端に意地悪げな微笑を浮かべる。
「いいや、楠は行く必要がある」
「な、なぜですか」
めったに見せない笑みを直視して、紀沙はあとじさった。怖い、わけではないけれど、ずっと帳の奥に秘されていた隠し事を暴いてしまったようでそわそわする。この人はこんな顔をする男だったか。もちろん、彼の本質など何も知りはしないのだけれど……。
「チャリティーガラに参加するにはドレスが必要だろう。俺が見立てる」
あ、と紀沙の喉から間抜けな音が漏れた。
抽出の終わったコーヒーマシンから、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。
はっ、と打たれたように追憶から覚めた。冷めないうちにコーヒーを淹れなければ、と思いかけて動きを止める。目の前では、御堂が難問に直面した数学者のように気難しげに眉間に皺を寄せている。
この人は猫舌なので、ちょっと時間を置いた方がいいのだ。
熱いコーヒーが好きだった慶とは違う。
「楠の言う通り、急に求婚するのはよくなかった。反省しよう」
「ぜひそうしてください」
すぱんと返事を打ち返せて安心した。大丈夫、ここにいるのは二十六歳、社長秘書の楠紀沙だ。彼氏に捨てられた惨めな二十二歳の女の子ではない。現実感をたぐり寄せるように、右腕に抱えたタブレットの重みを確かめる。ちゃんと重い。
御堂が指先で顎を摘まみ、「求婚の前にすべきことか……」と深刻そうに独りごちている。
「それでは段階を踏んで、まずは俺と休日にデートするのはどうだ?」
「どうだ、と言われましても……。大変恐縮ですが、別の方を誘ってください」
相当辛辣な台詞を吐いているが、御堂は気分を害する様子もなかった。常は冷ややかな無表情を珍しく緩め、唇の端に意地悪げな微笑を浮かべる。
「いいや、楠は行く必要がある」
「な、なぜですか」
めったに見せない笑みを直視して、紀沙はあとじさった。怖い、わけではないけれど、ずっと帳の奥に秘されていた隠し事を暴いてしまったようでそわそわする。この人はこんな顔をする男だったか。もちろん、彼の本質など何も知りはしないのだけれど……。
「チャリティーガラに参加するにはドレスが必要だろう。俺が見立てる」
あ、と紀沙の喉から間抜けな音が漏れた。