冷徹社長はトラウマ秘書を愛で包む
 短い返事ながら、御堂の表情が朝日にも負けないくらい明るくなる。なんだかおかしくなった。自分ごときの返事で彼が一喜一憂するのは変だ。普段は彼の指示一つでプロジェクトの行方が浮沈するのに。

「飲み物をご用意しますね」

 紀沙はコーヒーマシンに近づき、ガラスポットにたっぷり淹れられたコーヒーをマグカップに注いだ。次に戸棚から砂糖壺を取り出し、角砂糖を三つ投入する。よく溶かしてからミルクを注ぎ足せば、御堂好みのカフェオレの完成だ。

「どうぞ」
「ありがとう。楠の作るカフェオレはいつも美味いな。何かコツがあるのか」
「恐れを知らずに砂糖を入れて、溶けると信じてかき混ぜることですかね」

 ブラックコーヒーを飲んで蘊蓄を垂れそうな見た目の割に、御堂は甘党らしい。外見と味覚は一致しないので、別にからかうでもなく心のメモ帳に書き留めているだけだが。

 カップに息を吹きかけ慎重に飲み進めていた御堂が、静かに目線を上げた。

「では、本日の予定を聞く」
「えっ、は、はい」

 慌ててタブレットのケースを再び開き、画面をスワイプしてスケジュールアプリを呼びだした。こんなふうに遅れをとったことなんて、秘書になってから一度もない。

 カフェオレを飲み干した御堂は、すでに何事もなかったかのように、紀沙の読み上げる予定を聞いている。ときどき的確に質問を挟んでくるので気も抜けない。

(やっぱりこの人、変だなあ……)

 この綺麗な男に対して全く色めき立たないのは、近くで観察するうちにその事実に気づいたからでもある。特殊な生態の毛並みのいい生き物だと思っている。紀沙はたまたま世話役に選ばれ、せっせと生育環境を整えるのが役目なだけ。だから顔のいい男ではあるのだけれど、そこまで不信感を抱かずやってこられた。

 でも今、結婚しようなんて提案をなぜか受けていて。

 仕事の関係ではあるけれどもデートとやらに行くことになって。

(……甘い言葉なんて信じないから)

 タブレットに確認事項をメモしながら、紀沙は己を固く戒めたのだった
< 12 / 52 >

この作品をシェア

pagetop