冷徹社長はトラウマ秘書を愛で包む
 言ってから、踏みこみすぎたかもしれない、とはっとする。大企業を経営するお金持ちの家なんて、庶民には想像できない骨肉の争いがあるのかもしれない。

 しかし暁は屈託なく頷いた。

「まあそうだな。兄と姉が一人ずついるが、どちらもよくしてくれる。ときどき鬱陶しいが」
「というと?」
「恋人はできないのかだの、好きなひとはいないのかだのうるさい……」

 本気で嫌そうに平和なことを言っているので、紀沙は思わず噴き出した。

「あはは、楽しそうですね。私は一人っ子なので羨ましいです」
「楽しくない。昔からそうだった。兄も姉も、自分が恋人に困ったことがないから、俺にも恋人がいて当然と思いこんでいる。別に俺は興味なかったんだが」

 苦々しげにぼやく暁に、紀沙は首を傾げた。

「そういえば、暁さんってモテそうなのに女性関係の話は聞かないですよね?」

 経済界のパーティーなどに同席したことがあるが、暁がするのは仕事の話ばかりだった。秘書についたばかりの頃は、秋波を送ってくる女性が一人や二人はいるだろうと覚悟していたため拍子抜けしたものだ。

 暁がつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「兄は俺と顔が似ていて、俺より十倍愛想がいい。しかも跡取りだ。どちらに女が寄っていくかは火を見るより明らかだろう。たまに俺で妥協しようとする女もいたが、すぐに『思っていたのと違う』と言って離れていった」
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