32歳、推し活女子。大恋愛の失恋の末、アプリで出会ったハイスペ男性に溺愛される(かも)
1,一途に尽くして振られた推し活女子
それは3年前の冬の朝のことでした。
両親と同居するマンションの一室で、起き抜けのパジャマ姿の私は寝癖もそのままにベッドの上で固まっています。
ベッドから体を起こした状態のまま、何十分も動けずにいました。
スマホに送られたメッセージが理解できなくて、固まってしまったのです。
思わず私はそのメッセージを読み上げてしまいました。
「別れよう?8年間、ありがとう?」
文章の意味はわかっても、内容が理解できません。
8年も付き合ったのよ?
初めて男性から声をかけられて、初めてお付き合いして、当然初めて抱き合って、そうして彼一筋で生きてきたのに、まさか、この一文のメッセージで終わり?
そう思った私は彼に電話をかけました。
嘘だと言ってほしい。
お付き合いも長くなっていたからそろそろ結婚を、と考えていたのに。
結婚のために彼が無職になった時もご飯を差し入れしたり、遊びに連れて行って励ましたのに。
私、もう29歳よ?
30歳には結婚して両親を安心させたいと思っていたのよ?
こんな終わりはないでしょ?
私は祈る気持ちで電話の応答を待ちました。
ですが、電話はつながることはありませんでした。
相手の事情でつなぐことができないそうです。
「ちょ、ちょっと、待って?これはなんの冗談?」
頭が真っ白になりました。
すべてが一瞬でなくなった、そんな気がしたのです。
恋愛や結婚が人生のすべてとは言いません。
ですが仕事に恵まれなかった私にとって、結婚生活は人生の希望だったのです。
彼を支えて、ささやかでも幸せな家庭を作りたい。
そう思っていたのに、幸せの未来が一瞬で砕かれたのです。
スマホを手に持ったまま固まっていると、キッチンからお母さんの怒鳴り声が聞こえてきました。
「ともえ!いい加減、起きなさい。遅刻するわよ!たくっ、どうせ夜中までアイドルの動画でも見てたんでしょ。そんなんじゃ、彼も呆れるわよ!」
近所迷惑な大声です。
普段なら、 「お母さん、うるさい!聞こえてるから、怒鳴らないでよ!」と言い返すところでしたが、頭が真っ白過ぎて声が出てきません。
いや、それがね、お母さん。
私、今、振られたんだよね。
起きたら振られてたの。
これ、ひどくない?
8年も付き合ったのに、これはないよね!
あーあ、最低な男だった。
もう、お見合いでもいいから、素敵な旦那様を捕まえようかしら。
そう言って笑えたら、どれだけ良かったでしょうか。
残念ながら、私はそんな考えができるほど気持ちの切り替えが簡単にできる女ではありません。
私は一途なんです。
一人の男性を心に決めたら、浮気どころか、浮気心すら抱かず、その男性に尽くす女です。
それこそ、彼と一生を添い遂げるつもりでした。
彼が相談もなく転職し、転職したばかりなのにやめてフリーターになっても私はついてきたのです。
私は彼を運命の相手だと思ってきたから。
その彼との運命の糸が、朝起きたら切れていたんです。
仕事どころじゃありません。
そう思っていたのですが、お母さんはよほど怒っているのかとうとう私の部屋の
ドアを開けて怒鳴ってきました。
「ともえ!あんた、いい加減にしな!あと十分で電車の時間だよ!」
「ああ、うん」
私は生返事をして立ち上がり、身支度を始めます。
結局、お母さんには彼のことは言えませんでした。
心配させたくないですし、それに振られたなんて情けないことも言えません。
心配させたくないのなら、普段通りにしないと。
つい強がってしまい、私は彼氏に振られたことを黙ったまま出社しました。
その日のことは3年たった今でも鮮明に覚えています。
振られたショックもあるのですが、その日は気もそぞろになってたくさん失敗をやらかしました。
嫌な上司に散々怒られて泣かされましたから。
それだけ彼に振られたことがショックだったのです。
そこから立ち直るのに、半年の年月が必要でした。
半年間、ショックのあまり部屋のサボテンの横に座り、ブツブツと彼への文句をサボテンに聞かせ続けたのです。
「最低だよね、あいつ。ねえ、サボちゃん」
友達のいない私にはサボちゃんしか愚痴を聞いてくれる相手がいないのです。
ですが、私の愚痴を聞き続けたサボテンが精神を病んでしまったのか枯れてしまいました。
植物は人の心がわかると聞いたことがありますが、まさか枯れてしまうとは。
それだけ私の心がすさみ、口から出る言葉が呪詛になっていたのでしょう。
言霊とは恐ろしい。
しかし、緑色で針がピンピンしていたサボテンが、茶色に変色して針がぐでっと寝ているのを見ると 「このままじゃ私も枯れ果てる」と確信しました。
年老いた両親に、親族疎遠、そんな私は一人娘。
このままではいずれ独居老人になって、誰にも気づかれずに朽ち果てていく。
「それだけはいや!でも、失恋の傷が痛い」
それでも動かなきゃ何も始まりません。
私は意を決して立ち上がりました。
ペンライトを手に持って。
向かった場所は新宿の歌舞伎町タワー。
そこのフードコートに隣接する広場では毎日のように新人のアイドルが曲を披露しています。
そこで私は夢中になってペンライトを振りました。
ちょうどその頃、 テレビの企画で誕生した男性アイドルグループ 「SPECIAL & Marvelous」というグループがデビューしにハマったのです。
オーディションで勝ち抜いたメンバーで構成されたグループなんですが、年齢層が高め。
その分、声や動きに渋みがあって、若いイケメンだけの人気グループとは違ってパフォーマンスがしっかりしているのです。
しかも、メンバーの全員が苦労人ということで、今、長年の恋に敗れて失意にある私の心にドンピシャでした。
すっかりハマった私は彼らのライブに行くようになったのです。
「きゃあ!スミレ君!こっち見て!」
ペンライトを振り、推しに愛情を注ぐことで失恋の傷が半年の時間をかけて治ってきたのです。
そしてある日、新宿の大きなビルの小さなライブハウスで彼らが一生懸命にパフォーマンスをしているのを見ていると、ふと、 「あれ、私、こんなことしてていいの?」という思いがよぎったのです。
アイドルに没頭できないし、せっかくライブに来て非現実に浸っているのに現実に呼び起こされる感じがします。
このままだと、一生独り身だよ?
そんな声が聞こえた気がしたのです。
思わず私がペンライトを地面に落とした時、歓声が上がりました。
推しの紫が、高く高く跳躍したのです。
その彼を見上げて、私は思わず涙をこぼしました。
推しがこんなに頑張っているのに、私、何もできてない。
いや、違う。
私、何も頑張ってない。
私がやったことはお金を使って、小さな可能性にすがっただけ。
そんなの、宝くじを買うのと同じでしょ。
そう思うと1年前に別れた彼との関係も、私はただ待っていただけのような気がしました。
彼との絆を信じたのはいいけど、私がやったことは勝手に転職した彼に怒って結婚を催促しただけ。
彼のために何もしてないわけじゃないけど、彼が結婚したいと思ってもらえるように動いたとは言えない。
そう物思いにふける私の前で、推したちが素晴らしいパフォーマンスを披露していました。
長い間、夢を掴むためにレッスンをしたり、オーディションを受け続けて夢を掴んだ推したちが輝いていたのです。
スポットライトを浴びて輝く彼らの姿が、まるで私に語りかけているように思えました。
『諦めるな! 努力し続ければ、夢は叶う!』
(……そうよ。私、何やってるんだろう。待ってるだけじゃ、何も変わらない!)
マイクを強く握りしめる推しの姿に背中を押され、私はその場でスマホを取り出しました。
熱気に包まれたライブ会場の隅で、勢いのままマッチングアプリをダウンロード。
警戒心の強さなんてどこへやら、考えるより先に「いいね!」を送りまくっていたのです。
——そして、あれから月日が流れた、32歳の冬。
3ヶ月間メッセージを重ね、慎重に見極めてきたお相手と、ついに今日、初めて会うことになりました。
「うう、胃が痛い……。やっぱり会うなんて早まったんじゃ……」
警戒心のかたまりである私は、待ち合わせ場所に向かいながら緊張で吐きそうになっていました。
だが、この時の私はまだ知る由もなかったのです。
これから出会う「彼」が、傷ついた私の心を解きほぐし、底なしの溺愛で甘やかしてくれる存在になることを——。
両親と同居するマンションの一室で、起き抜けのパジャマ姿の私は寝癖もそのままにベッドの上で固まっています。
ベッドから体を起こした状態のまま、何十分も動けずにいました。
スマホに送られたメッセージが理解できなくて、固まってしまったのです。
思わず私はそのメッセージを読み上げてしまいました。
「別れよう?8年間、ありがとう?」
文章の意味はわかっても、内容が理解できません。
8年も付き合ったのよ?
初めて男性から声をかけられて、初めてお付き合いして、当然初めて抱き合って、そうして彼一筋で生きてきたのに、まさか、この一文のメッセージで終わり?
そう思った私は彼に電話をかけました。
嘘だと言ってほしい。
お付き合いも長くなっていたからそろそろ結婚を、と考えていたのに。
結婚のために彼が無職になった時もご飯を差し入れしたり、遊びに連れて行って励ましたのに。
私、もう29歳よ?
30歳には結婚して両親を安心させたいと思っていたのよ?
こんな終わりはないでしょ?
私は祈る気持ちで電話の応答を待ちました。
ですが、電話はつながることはありませんでした。
相手の事情でつなぐことができないそうです。
「ちょ、ちょっと、待って?これはなんの冗談?」
頭が真っ白になりました。
すべてが一瞬でなくなった、そんな気がしたのです。
恋愛や結婚が人生のすべてとは言いません。
ですが仕事に恵まれなかった私にとって、結婚生活は人生の希望だったのです。
彼を支えて、ささやかでも幸せな家庭を作りたい。
そう思っていたのに、幸せの未来が一瞬で砕かれたのです。
スマホを手に持ったまま固まっていると、キッチンからお母さんの怒鳴り声が聞こえてきました。
「ともえ!いい加減、起きなさい。遅刻するわよ!たくっ、どうせ夜中までアイドルの動画でも見てたんでしょ。そんなんじゃ、彼も呆れるわよ!」
近所迷惑な大声です。
普段なら、 「お母さん、うるさい!聞こえてるから、怒鳴らないでよ!」と言い返すところでしたが、頭が真っ白過ぎて声が出てきません。
いや、それがね、お母さん。
私、今、振られたんだよね。
起きたら振られてたの。
これ、ひどくない?
8年も付き合ったのに、これはないよね!
あーあ、最低な男だった。
もう、お見合いでもいいから、素敵な旦那様を捕まえようかしら。
そう言って笑えたら、どれだけ良かったでしょうか。
残念ながら、私はそんな考えができるほど気持ちの切り替えが簡単にできる女ではありません。
私は一途なんです。
一人の男性を心に決めたら、浮気どころか、浮気心すら抱かず、その男性に尽くす女です。
それこそ、彼と一生を添い遂げるつもりでした。
彼が相談もなく転職し、転職したばかりなのにやめてフリーターになっても私はついてきたのです。
私は彼を運命の相手だと思ってきたから。
その彼との運命の糸が、朝起きたら切れていたんです。
仕事どころじゃありません。
そう思っていたのですが、お母さんはよほど怒っているのかとうとう私の部屋の
ドアを開けて怒鳴ってきました。
「ともえ!あんた、いい加減にしな!あと十分で電車の時間だよ!」
「ああ、うん」
私は生返事をして立ち上がり、身支度を始めます。
結局、お母さんには彼のことは言えませんでした。
心配させたくないですし、それに振られたなんて情けないことも言えません。
心配させたくないのなら、普段通りにしないと。
つい強がってしまい、私は彼氏に振られたことを黙ったまま出社しました。
その日のことは3年たった今でも鮮明に覚えています。
振られたショックもあるのですが、その日は気もそぞろになってたくさん失敗をやらかしました。
嫌な上司に散々怒られて泣かされましたから。
それだけ彼に振られたことがショックだったのです。
そこから立ち直るのに、半年の年月が必要でした。
半年間、ショックのあまり部屋のサボテンの横に座り、ブツブツと彼への文句をサボテンに聞かせ続けたのです。
「最低だよね、あいつ。ねえ、サボちゃん」
友達のいない私にはサボちゃんしか愚痴を聞いてくれる相手がいないのです。
ですが、私の愚痴を聞き続けたサボテンが精神を病んでしまったのか枯れてしまいました。
植物は人の心がわかると聞いたことがありますが、まさか枯れてしまうとは。
それだけ私の心がすさみ、口から出る言葉が呪詛になっていたのでしょう。
言霊とは恐ろしい。
しかし、緑色で針がピンピンしていたサボテンが、茶色に変色して針がぐでっと寝ているのを見ると 「このままじゃ私も枯れ果てる」と確信しました。
年老いた両親に、親族疎遠、そんな私は一人娘。
このままではいずれ独居老人になって、誰にも気づかれずに朽ち果てていく。
「それだけはいや!でも、失恋の傷が痛い」
それでも動かなきゃ何も始まりません。
私は意を決して立ち上がりました。
ペンライトを手に持って。
向かった場所は新宿の歌舞伎町タワー。
そこのフードコートに隣接する広場では毎日のように新人のアイドルが曲を披露しています。
そこで私は夢中になってペンライトを振りました。
ちょうどその頃、 テレビの企画で誕生した男性アイドルグループ 「SPECIAL & Marvelous」というグループがデビューしにハマったのです。
オーディションで勝ち抜いたメンバーで構成されたグループなんですが、年齢層が高め。
その分、声や動きに渋みがあって、若いイケメンだけの人気グループとは違ってパフォーマンスがしっかりしているのです。
しかも、メンバーの全員が苦労人ということで、今、長年の恋に敗れて失意にある私の心にドンピシャでした。
すっかりハマった私は彼らのライブに行くようになったのです。
「きゃあ!スミレ君!こっち見て!」
ペンライトを振り、推しに愛情を注ぐことで失恋の傷が半年の時間をかけて治ってきたのです。
そしてある日、新宿の大きなビルの小さなライブハウスで彼らが一生懸命にパフォーマンスをしているのを見ていると、ふと、 「あれ、私、こんなことしてていいの?」という思いがよぎったのです。
アイドルに没頭できないし、せっかくライブに来て非現実に浸っているのに現実に呼び起こされる感じがします。
このままだと、一生独り身だよ?
そんな声が聞こえた気がしたのです。
思わず私がペンライトを地面に落とした時、歓声が上がりました。
推しの紫が、高く高く跳躍したのです。
その彼を見上げて、私は思わず涙をこぼしました。
推しがこんなに頑張っているのに、私、何もできてない。
いや、違う。
私、何も頑張ってない。
私がやったことはお金を使って、小さな可能性にすがっただけ。
そんなの、宝くじを買うのと同じでしょ。
そう思うと1年前に別れた彼との関係も、私はただ待っていただけのような気がしました。
彼との絆を信じたのはいいけど、私がやったことは勝手に転職した彼に怒って結婚を催促しただけ。
彼のために何もしてないわけじゃないけど、彼が結婚したいと思ってもらえるように動いたとは言えない。
そう物思いにふける私の前で、推したちが素晴らしいパフォーマンスを披露していました。
長い間、夢を掴むためにレッスンをしたり、オーディションを受け続けて夢を掴んだ推したちが輝いていたのです。
スポットライトを浴びて輝く彼らの姿が、まるで私に語りかけているように思えました。
『諦めるな! 努力し続ければ、夢は叶う!』
(……そうよ。私、何やってるんだろう。待ってるだけじゃ、何も変わらない!)
マイクを強く握りしめる推しの姿に背中を押され、私はその場でスマホを取り出しました。
熱気に包まれたライブ会場の隅で、勢いのままマッチングアプリをダウンロード。
警戒心の強さなんてどこへやら、考えるより先に「いいね!」を送りまくっていたのです。
——そして、あれから月日が流れた、32歳の冬。
3ヶ月間メッセージを重ね、慎重に見極めてきたお相手と、ついに今日、初めて会うことになりました。
「うう、胃が痛い……。やっぱり会うなんて早まったんじゃ……」
警戒心のかたまりである私は、待ち合わせ場所に向かいながら緊張で吐きそうになっていました。
だが、この時の私はまだ知る由もなかったのです。
これから出会う「彼」が、傷ついた私の心を解きほぐし、底なしの溺愛で甘やかしてくれる存在になることを——。