32歳、推し活女子。大恋愛の失恋の末、アプリで出会ったハイスペ男性に溺愛される(かも)

2、マチアプでマッチングした彼が予想外にイケメンでした

 東京駅、丸ビル。
 日が暮れた都会の喧騒は、ひどくざわめいて聞こえました。

 私は地下通路を通って、エスカレーターを上がりながら地上に出ます。

(とうとう知らない人と会うのね)

 緊張のあまり動悸が激しくなり、胸が痛くなってきました。
 私はエスカレーターの手すりにもたれかかるように捕まり、逆の手で胸を押さえます。

 前の彼氏にフラれたせいで、私は男性と出会うのが怖くなってしまいました。

(またお断りされたらどうしよう。外見を気に入られなかったらどうしよう)

 私は手鏡を取り出して、自分の顔を確認しました。

 茶色のセミロングの髪はちゃんとまっすぐで、スプレーで固めた前髪はいい感じに眉にかかっています。

 お化粧も30分かけて準備したので抜かりはありません。
 でも、目尻のシワだけは隠すことができませんでした。

 私は思わずため息をつきます。

(32歳だもの。若い時のような肌じゃない。相手も私の年齢はわかっているはずだから高望みはしていないと思うけど、それでも年齢を理由に断られるのは嫌だな)

 できる限り、服装も少しだけ若く見られるように明るい色合いにしました。

 ベージュのコートの下に、茶色のニット。
 そして女性っぽさが出るプリーツスカート。

 私なりにコーディネートを頑張りました。
 きっと若く見られるはず。

 それでも心に不安が広がるのです。

(好きになってもらえなかったら、どうしよう)

 今日会う人はマッチングアプリでつながった人。
 メッセージは3ヶ月もやり取りしたのでその人の性格はわかったつもりですが、それでも怖くて仕方ありません。

 悪い人なんじゃないか。
 怖い人なんじゃないか。
 嫌な人じゃないのか。
 体目当てなんじゃないのか。

 ぐるぐると嫌な考えばかりが頭の中を駆け巡ります。

 そんな不安でいっぱいの私が、どうしてマッチングアプリで知り合った人と出会う決心をしたのか。

 もちろん、ずっと一人でいることへの恐怖が勝ったということもあるのだけど、何ヶ月もやり取りして気づいたのです。

 今やり取りしているこの男性、人畜無害すぎる。

 マッチングアプリでマッチングしたのに、全然がっついて来ないのです。

 マッチングして最初の1ヶ月。
 彼は私を退屈させないためなのか、質問攻めになりました。

「趣味はなんですか?」
「推し活!いいですね。誰推しですか?」
「紫?調べたら、スミレさんですか。イケメンですね。どんなところが好きなんですか?」

 マッチングアプリはポイントを使ってメッセージを送るのですが、そのポイントを私への質問に使ったのです。

 普通なら、 「ライン交換しようよ」とか 「早く会おうよ」とか会うことを催促してくるのに。

 それだけなら良かったのですけど、彼はなんと質問を投げかけるだけのやり取りを3ヶ月も繰り返したのです。

 毎日毎日、ただただ、私への質問を送るばかり。
 質問ばかりであまりにもアクションを起こさなすぎて逆に不信感も出てきたのです。

(この人、変な人なんじゃ?マッチングアプリなのに会おうとしないなんて)

 少し不気味に思うこともありましたが、三ヶ月もやり取りを続けると逆にどんな人か気になってしまいました。

 何が目的でマッチングアプリに登録して、私の何が気に入って3ヶ月も質問ばかり送ってきて、今後、どうしたいのかって。

 だから、私の方から少しだけ前進させることにしたのです。

「ライン交換しましょう」

 そう送ると、そこからの動きは早かったです。

「ありがとう。でも、いいんですか?ラインを教えるなんて、信頼してもらえたみたいで嬉しいです」

 そしてライン交換をしたら登録名を見て驚きました。

 登録名が 「石垣和樹」。
 まんま本名でした。

(いや、マッチングアプリで出会った人とやり取りするなら、普通は本名は載せないでしょ)

 この人のネットリテラシー、どうなっているんだろうと少し不安にもなりました。
 ただ、そんな少し抜けたところに、ますます人畜無害な印象を抱いたのです。

 ラインがつながると、その石垣和樹は饒舌になりました。

「実は今、旅行中で、こんなご飯を食べました」
「ともえさんは自然が好きって言ってましたね。こんな景色はお好きですか?」

 まさかの怒涛のラインラッシュ。
 メッセージと写真が山のように届きました。

 普通の女性なら、大量のメッセージが来た時点で 「やばっ!ライン教えたの、まずった?」と思いそうなものですが、私は 「ようやく質問以外のメッセージが来た!」と思って妙に嬉しくなったのです。

 なんと言うんでしょうか。
 全然懐かない野良猫に餌を与え続けたら、ようやくすり寄ってくれたみたいな?
 つんつんしてた猫ちゃんが、ようやくデレてくれたみたいな?

 そんな感じがしたのです。

 そして、なんとなく童貞臭が漂うのを感じました。

(この人、女性慣れしてないんじゃないかな?)
(実は子供部屋オジサンで、無職童貞実家ぐらしなんじゃないの?)

 そんな懸念を感じて、こちらからも質問を投げかけました。

「そういえばちゃんと聞いてませんでしたが、お仕事は何をしていますか?」

 すると、こう返ってきました。

「予約専門のタクシードライバーです。ワゴン車を担当していて、会社役員さんや有名人を送ったりしています。誰を送ったかは言えませんが」

 よくわからないけど、なんかすごい人に思えます。
 重役や有名人の送り迎えをするなんて私では想像もつかない世界でした。

 もし、ただのタクシードライバーだったら少し警戒したかもしれません。
 地元のタクシーの運ちゃんは少々、いやかなり品のない人が多いので。

 予約専門ということはお客からの信頼を得ているのでしょう。
 それにペーパードライバーの私にとって、都内を運転できるのは尊敬でした。

 だから、こんなメッセージを送ってしまいました。

「すごいですね。私、免許は持っていますが怖くて都内の運転はできません。運転が得意ならどんな場所でも行けますね。車を運転できる人が羨ましいです」

 送って気が付きました。

(あれ?これってドライブデートを催促していると思われないかしら)

 すると彼もそう受け取ったようで、 「嬉しい!」という文字が入ったスタンプが送られてきました。

 そしてテンションの高いメッセージが続きます。

「車があると便利ですよね!お出かけの時はレンタカーでも借りて、のんびりドライブを楽しみましょう」

 そして、更に決定的な追撃がありました。

「俺は本当にあなたとお付き合いしたいと思っています。せっかくなので一度、カフェでお話しませんか?」

 その言葉で今回のデートが決まったのです。



 待ち合わせ場所である丸ビルのエントランスに上がるエスカレーターの上で、私は動悸を押さえるために胸に手を当てます。

 緊張で胸が張り裂けそうなくらいにドキドキしていました。
 これは期待に胸を踊らせているわけではありません。

 脂汗が出るほどの嫌な緊張が私の体調を崩させているのです。
 丸ビルのエスカレーターを上がり、イベントを行える広場で彼が待っていると思うと心臓が張り裂けそう。

「はあ、はあ……」

 息を整えながら、私はようやく丸ビル一階の広場へと足を踏み入れました。

  吹き抜けの華やかな空間。
 待ち合わせ場所である案内掲示板の前に、一人の男性が立っていました。
 その姿を目にした瞬間、私の心臓は跳ね上がったのです。

(え……っ、ウソでしょ……?)

 長めの黒髪をすっきりと分けた髪型に、シャープなフェイスライン。すっと通った鼻筋と切れ長の瞳。
 180センチはあろうかという高身長に、程よくがっしりとした肩幅。
 仕立てのいい黒ジャケットを着こなす姿は、まるで雑誌から抜け出してきたモデルか、推しのアイドルのようでした。

(こんなイケメンがマチアプに……!? 美人局? 結婚詐欺? それともホストの営業!?)

 脳内でパニックを起こしていると、彼がこちらに向かってゆっくりと視線を向けた。
 私と目が合った瞬間、クールだった彼の表情が——まるで春の陽光が差すように、ぱっと華やいだのです。

 迷いのない足取りでまっすぐ私のもとへ歩み寄ってくると、彼は心地よい低音の声で優しく微笑んだ。

「初めまして、ともえさん。石垣和樹です。……やっと会えましたね」

 落ち着いた大人の色気と、溢れんばかりの歓迎の笑顔。
 そのギャップに射抜かれ、私の動悸はさらに激しさを増していくのでした。
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