32歳、推し活女子。大恋愛の失恋の末、アプリで出会ったハイスペ男性に溺愛される(かも)

6,お付き合い、断られると思ったら

 初回のデートが終わって帰宅すると、私は着ていた服そのままに布団に入って悶絶していました。

 普段は帰るとすぐにお風呂に入るのに、帰宅早々に部屋に入ってベッドにダイブ。
 電気もつけません。

 暗がりの中、もんもんとベッドの中でのたうち回るのです。
 するとリビングからお母さんの声で、 「ともえ!先にお風呂に入りなさい!片付かないでしょ!」とお怒りの声が聞こえますが無視。

 私は無我夢中になって枕に顔を打ち付けます。

「ああ、やってしまった。まさか、会ったばかりの男性に推しのことを語ってしまうなんて!」

 自分の羞恥心をもみ消すように私は顔を枕にグリグリと押し付けます。
 枕のカバーがいい感じに私の顔を刺激して、一瞬だけ羞恥心は消えますが、すぐにぶり返して顔をほてらしました。

 あの後、30分は推しについて語っていたでしょうか。
 日比谷の夜の良い雰囲気のテラスで、私は夢中になって推しについて語り続けたのです。

「SPECIAL & Marvelous の推しは紫なんですが、赤もピンクも個性があっていいんですよ!最年長の赤は情熱的でありながらも、メンバーのことをよく見てバランスを取る人で、喋りすぎるのがたまに傷なんですけど人間味あふれて素敵なんです!ピンクは最年少で、ちょっとおバカキャラなんですけど、実は頭が良くてですね。でも、やっぱりオレンジのパフォーマンスも見どころかな!通が好む落ち着いた感じというか。でも緑も捨てがたいですね。あのキャラはアイドルグループに絶対必要なので。でも、そう考えると黄色の役割は重要なんですよ。彼の言葉で動画が面白くなるというか」

 延々と30分、そんな会話を一人で繰り広げたのです。
 そして、ハッとなりました。

(私、何、夢中になって一人で語っているんだろう)

 そう、ここは推し活の場ではないのです。
 婚活の場。

 マッチングアプリで出会ったとはいえ、私は真剣交際を望んでここに来たはずなのにどうして推しを語ることになったのか。

 思わず、私は顔を伏せました。

「ごめんなさい。私だけで語ってしまって」

 すると石垣さんは笑いながら私の顔を覗き込みます。

「いいえ、いいんですよ。本当にSPECIAL & Marvelous に夢中なんだなって熱意が伝わってきました。何かに一生懸命になれる人って素敵だと思います。俺は推し活に偏見を持っていないので、これからも全力で応援して楽しんでください」

 石垣さんは私の目を見ながら、拳を握ってガッツポーズしました。

 本当に、心から私の推し活を応援してくれているようです。
 なんだか、それが嬉しくもあり、心苦しくもありました。

 本当はもっとお話ししないといけないことがあったのに。

 どうしてマッチングアプリで出会いを求めたんですか?
 婚活はされているんですか?
 真面目に結婚を考えていますか?
 ご両親の老後はどう考えておられますか?
 将来設計は?
 そもそも、どうして私と会うことに決めたの?

 聞きたいことは山ほどあるのに、その質問が口から出てきません。
 大切な質問をそっちのけに、私は自分の喋りたいことだけを喋りたいままに話してしまいました。

 はっきり言って自分勝手です。
 会話のキャッチボールができていないんですから。

(私、わがままだ。子どもみたい)

 そんな自己嫌悪にさいなまれていると、彼も私のことが嫌になったのか、少し寂しそうに笑いながら言いました。

「きっと、なれない人混みで気分が悪くなったのでしょうね。今日は初めての顔合わせですし、これくらいにしますか?」

 彼は私の体調を気遣うように言いました。
 まるで次があるような言い方ですが、次がないことは私自身がよく理解しています。

(あ、これ、お断りの言葉だわ。ああ、また、恋愛は実らなかった)

 せっかく推し活を応援してくれる男性とマッチングできたのに、私は自分から不意にしてしまいました。

 だって、男性が男性アイドルの推し活をこころよく思うわけがありませんから。
 この世の男性の大半は、アイドルを応援する女性を蔑んでいるのですから。

 きっと、私の推し活を応援してくれるという言葉も、私の推しへの熱意に呆れてしまったから出た言葉なのでしょう。

 オタクは推し活をバカにされると逆上する人も多いので、反感を買わないように体よく言ったおざなりの言葉なのだと思います。

(良い人だったけど、諦めるしかないんだろうな)

 そう思った私は、 「帰ろうか」という彼の言葉に頷きました。
 そして帰宅。ベッドへダイブという流れです。
 私はベッドの中でジタバタと暴れながら唸ります。

「ああ!やっぱりアイドルオタクが婚活するなんておこがましかったんだ!だって、そうだよね?私、推しの話題しか持ってないもん!普通の女子が話題に出しそうな流行の話題なんて知らないもん!クラブにもいかない、旅行すら遠征でしか行かない、ご飯にもお酒にも興味ない。そんな女子が男性に好かれるわけがないよ!」

 独り言が大きかったせいか、またリビングからお母さんの叫び声が響いてきました。

「ともえ!あんた、何時だと思ってんの!近所迷惑でしょ。静かにしなさい!」

 そんな声、耳に入りません。
 お母さんの声を遮るように、私は布団をかぶって枕を抱きしめます。

「ああ、いっそのこと、アイドルの追っかけをやめる?そうすれば婚活に専念できるよね?いや、婚活に集中してても結局だめだった!一年頑張ったのに報われなかったもの。もう無理よ。だったらむしろ、婚活は諦めて推し活に専念する?どうせ、結婚は無理だし。それにSPECIAL & Marvelous は久しぶりにハマったアイドルだもん。やっぱり推し活は楽しい!ああ、でも、将来孤独死なんて絶対にいや!どうすればいいの?」

 大きな独り言を言いながら悶絶していたその時でした。

 ピコーン。
 電子音が部屋の中に響きます。

「うあっ!」

 私は思わず跳ね起きました。
 ラインの通知です。

 私にラインを送る人なんて石垣さんしかいません。
 石垣さんが、私にラインをした?

「スマホ!スマホ、どこ?」

 私はベッドを抜け出してスマホを探しました。
 抜け殻になって帰宅したからか、スマホをどこに放置したのか覚えていません。

「スマホ、スマホ!どこ、どこなのぉ?」

 おたおたしながら部屋を見回すと、またピコーンと音がします。
 音を頼りに振り返ると、部屋の床の隅にスマホが転がっていました。

 一刻も早くメッセージを確認したい私はバレーボールのジャンピングレシーブのようにスマホに飛びつきます。

 そして、恐る恐るスマホの画面を見ました。
 心臓がはち切れるほどに鼓動を打ちます。

 ドクン、ドクンと胸が苦しい。

(振られる?正式にお断り?)

 そんなことを思いながら私はラインを開きました。

 すると、そこには。

「今日はありがとうございました! とても楽しい時間でした。イルミネーションのきれいな写真が撮れたので送りますね」

 添えられた画像を開けば、そこには昨日見た幻想的で美しい光の洪水が広がっていました。
 そして、メッセージはさらに続きます。

『今度は、二人で一緒に写真を撮りたいですね。思い出を形に残すのって、ちょっと憧れだったんです』

(え……? 一緒に写真を撮りたい? つまり、また会うってこと……?)

 理解が追いつかず、スマホを持ったまま固まっていると、さらに画面がブルッと震えました。

「よみうりランドのイルミも、絶対に逃せませんね! でもその前にもう一度、ゆっくりお話ししたいです。来週、お会いできませんか? 俺の休みは火、木、土なんですけど……」

「――休み、多すぎ!」

 ツッコミを入れつつ、私の目から大粒の涙がこぼれ落ちたのです。

 振られてなんていなかった。
 彼は嫌うどころか、また私に会いたいと言ってくれている。

「よかった……! まだ、チャンスをくれた……!」

 安心と嬉しさのあまり、私はひざから崩れ落ちるように床にしゃりみこんでしまいました。
 暗がりの中で、彼からのメッセージ画面をまるで神様の御神体のように両手で掲げ、心から祈りを捧げます。

(ああ、神様! 石垣さんは私の女神ならぬ、最高の本物の神様です……! 次こそは自分のことばかりじゃなくて、ちゃんと彼の話も聞くから、どうかこのご縁を大切にさせて……!)

 感激の涙に暮れていると、バァンと勢いよく部屋のドアが開きました。

「ともえ! いい加減にしな! って、何やって……ああっ! 枕がファンデと口紅で真っ黒じゃない! あんた一体何してたのよ!」

 母の絶叫は、今の私には一ミリも届きません。
 私は胸を高鳴らせながら、震える指で彼への返信を打ち始めたのでした。
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