トラスト・ファンド・ベイビー 〜信託金目当てだったはずの金髪碧眼な資産家俳優に、私の絵ごと狙われています〜
①プロローグは突然に
プチプラの新作アイシャドウに、リップグロス。
それらをレジに通す手元に熱い視線が注がれる。
バーコードを通し終えた新島葵は、視線の主に接客用の笑みを浮かべた。
「お待たせいたしました。1,896円です。ポイントカードとアプリはお持ちですか?」
するとそれまで凝視していた少女がハッとして、照れ混じりに頷いた。
小銭の受け皿をスマホの台替わりにして画面を開いたので、葵はドラッグストアの専用アプリの方から先に読み取っていく。
最中、ちらりと視線を上げて少女を盗み見ると、楽し気な擬音が全身から溢れ出していた。
わくわく、ドキドキ、そわそわ。
初めてコスメを購入するのだろうか、それとも化粧を始めて夢中になっている時期だろうか。
――かわいいなぁ。
最近、擦り減り気味だった葵の心は、十代特有のマイナスイオンを浴びて浄化されてゆく。
何もかもが希望に満ちた姿。
瑞々しい空気感が懐かしかった。
「――お待たせ致しました。お次のお客様、7倍クーポンはお持ちですか?」
呼びかけると八月に相応しいアロハシャツにハーフパンツという、ラフな出立ちの男性客が微笑んだ。
赤毛とそばかすが特徴の、こちらは最近定番になりつつある葵の癒しの存在である。
「クーポン?クーポンか、ないなぁ……」
彼はおそらく、外国籍のビジネスマン。
というのも、パートタイムで働く店の向かいにあるビジネスホテルへ入ってゆく姿を見かけたことがあるのだ。
彼はとんでもなく背が高い人で、薄手の小さな財布を覗きながら残念そうに言う姿が絶妙に可愛らしい。
そんな彼の初来店時はスーツ姿。気さくな感じで近くの飲食店について聞かれた。
以降いつもアロハシャツで毎日現れ、会計時にひと言ふた言の短い会話が日課となっている。
スマートなので、後続客を邪魔することがなく、いつも感じ良く去っていくいい人だ。
葵は物腰柔らかなこの人物を、内心密かに”アロハシャツの紳士“と呼んでいた。
そんな彼が今日は突然、らしくないことを尋ねた。
「そうだ。ニージマさん、恋人はいますか?」
ちょうど決済方法を確認しようとしたタイミングだった。
一体何を言い出すのかと驚く葵に対し、質問してきた本人も困ったように笑っている。
今は昼間の閑散とした時間で客は彼しかいない。
それでもプライベートなことを訊ねてきたのは初めてで、赤茶色の瞳に釘付けになっていると申し訳なさそうに彼の眦が下がった。
「失礼なことを聞いてすみません。でも重要なんです」
「えっと……いません、けど……」
心苦しさと真剣な色が混ざり合う視線に押し出されるように葵は答えていた。
いったいどちらが日本語の扱いに長けているのか、そんな疑いが浮上するような辿々しさで。
「良かったです。ありがとう。では支払いはカードで」
「あ、はい……」
葵の答えを聞いた彼は、値段の分からない品物の金額でも確認し終えたように感謝を告げ、会計の先を促してきた。
それから特にそれ以上話すことなく、支払いを済ませて帰ってゆく。
ーーなんだったのだろう。
広い背中に首を傾げながら見送ったアロハシャツの紳士は、その日を境にぱたりと姿を見せなくなった。
それらをレジに通す手元に熱い視線が注がれる。
バーコードを通し終えた新島葵は、視線の主に接客用の笑みを浮かべた。
「お待たせいたしました。1,896円です。ポイントカードとアプリはお持ちですか?」
するとそれまで凝視していた少女がハッとして、照れ混じりに頷いた。
小銭の受け皿をスマホの台替わりにして画面を開いたので、葵はドラッグストアの専用アプリの方から先に読み取っていく。
最中、ちらりと視線を上げて少女を盗み見ると、楽し気な擬音が全身から溢れ出していた。
わくわく、ドキドキ、そわそわ。
初めてコスメを購入するのだろうか、それとも化粧を始めて夢中になっている時期だろうか。
――かわいいなぁ。
最近、擦り減り気味だった葵の心は、十代特有のマイナスイオンを浴びて浄化されてゆく。
何もかもが希望に満ちた姿。
瑞々しい空気感が懐かしかった。
「――お待たせ致しました。お次のお客様、7倍クーポンはお持ちですか?」
呼びかけると八月に相応しいアロハシャツにハーフパンツという、ラフな出立ちの男性客が微笑んだ。
赤毛とそばかすが特徴の、こちらは最近定番になりつつある葵の癒しの存在である。
「クーポン?クーポンか、ないなぁ……」
彼はおそらく、外国籍のビジネスマン。
というのも、パートタイムで働く店の向かいにあるビジネスホテルへ入ってゆく姿を見かけたことがあるのだ。
彼はとんでもなく背が高い人で、薄手の小さな財布を覗きながら残念そうに言う姿が絶妙に可愛らしい。
そんな彼の初来店時はスーツ姿。気さくな感じで近くの飲食店について聞かれた。
以降いつもアロハシャツで毎日現れ、会計時にひと言ふた言の短い会話が日課となっている。
スマートなので、後続客を邪魔することがなく、いつも感じ良く去っていくいい人だ。
葵は物腰柔らかなこの人物を、内心密かに”アロハシャツの紳士“と呼んでいた。
そんな彼が今日は突然、らしくないことを尋ねた。
「そうだ。ニージマさん、恋人はいますか?」
ちょうど決済方法を確認しようとしたタイミングだった。
一体何を言い出すのかと驚く葵に対し、質問してきた本人も困ったように笑っている。
今は昼間の閑散とした時間で客は彼しかいない。
それでもプライベートなことを訊ねてきたのは初めてで、赤茶色の瞳に釘付けになっていると申し訳なさそうに彼の眦が下がった。
「失礼なことを聞いてすみません。でも重要なんです」
「えっと……いません、けど……」
心苦しさと真剣な色が混ざり合う視線に押し出されるように葵は答えていた。
いったいどちらが日本語の扱いに長けているのか、そんな疑いが浮上するような辿々しさで。
「良かったです。ありがとう。では支払いはカードで」
「あ、はい……」
葵の答えを聞いた彼は、値段の分からない品物の金額でも確認し終えたように感謝を告げ、会計の先を促してきた。
それから特にそれ以上話すことなく、支払いを済ませて帰ってゆく。
ーーなんだったのだろう。
広い背中に首を傾げながら見送ったアロハシャツの紳士は、その日を境にぱたりと姿を見せなくなった。