虚無に咲く華
裕也は少し驚いた顔をした。
「……お前、立てるんだな」
女は顔を伏せている。
「歩けるか?」
小さく頷いた。
「そうか。じゃあ、こっち来い」
裕也は手を差し伸べ、リビングの方を示した。
女はその手を見つめた。
裕也が一歩下がると、女はゆっくりと歩き始めた。
裕也は触れずに、少し前を歩く。
女は裸足のまま、床を確かめるように一歩ずつ進んだ。
その姿を見た雅が、ソファーから立ち上がった。
「……裕也?」
女が明るいリビングへ姿を現す。
破れた服。
汚れた長い黒髪。
頬には痣があり、肩から覗く肌にも傷が見えた。
膝や脛には乾いた血がこびりつき、足の裏まで黒く汚れている。
雅は言葉を失った。
「……何? この子……」
裕也は女の後ろから歩いてきた。
「だから、お前を呼んだんだよ」
雅は女へ近づき、少し距離を空けてしゃがんだ。
「あなた……大丈夫?」
女は答えない。
「痛いところ、いっぱいあるでしょう?」
雅の目が、女の膝や腕の傷へ移る。
「……ひどい」
雅は裕也を見上げた。
「この子、どうしたの?」
「拾った」
「……は?」
「道端でな」
「ちょっと! 犬や猫じゃないんだから!」
「分かってるよ」
裕也はビールを一口飲んだ。
「とりあえず、キレイにしてやってくれ」
雅はもう一度、女の姿を見た。
そして小さく息を吐いた。
「……分かったわ」
雅は女へ向き直り、優しく微笑んだ。
「まず、お風呂に入ろうか。身体、キレイにしようね」
女は雅の顔を見つめた。
「大丈夫。怖いことはしないから」
雅は立ち上がり、浴室の方へ手を差し伸べた。
女はその手を見つめたあと、ゆっくりと歩き出した。
雅は歩幅を合わせ、女の隣を歩く。
二人が廊下の奥へ消えるまで、裕也と大河は黙って見送っていた。
大河が静かに口を開いた。
「……裕也さん」
「あ?」
「あの方、何があったんでしょうか」
裕也は缶ビールをテーブルに置いた。
「……さあな」
そして、女が消えた廊下へ目を向けた。
「ただ、ろくな目に遭ってねぇのは確かだろ」
大河は何も言わなかった。
リビングには、テレビのニュースを読み上げるアナウンサーの声だけが流れていた。