大正初恋浪漫譚ー軍人少尉と婚約は突然にー
序章
大正十年、春。
東京の街には、新しい時代の風が吹いていた。
洋装の婦人が街を歩き、新聞には女学校や職業婦人の話題が載る。
古いしきたりがすぐに消えてしまうわけではない。
それでも、少しずつ変わり始めた世の中に、胸を躍らせる若い娘たちがいた。
いつか自分の力で働いてみたい。
好きな人と恋をしてみたい。
親の決めた道ではなく、自分で選んだ人生を歩いてみたい…
そんな願いを胸に秘めた娘たちにとって、この時代は、まだ遠くにある未来へ手を伸ばすような時代だったのかもしれない。
ーーーそして、その春。
ひとりの少女の未来もまた、静かに動き始めようとしていた。
彼女はまだ知らない。
これから自分の前に現れる縁談が、どれほど思いがけないものなのか。
それがいつか、自分自身の心と向き合うきっかけになることも。
春の桜は、何も知らぬまま、淡く街を彩っていた。