大正初恋浪漫譚ー陸軍少尉と婚約は突然にー

*

同じ頃、綾子は自室の窓辺に座っていた。

膝の上には、読みかけの本が開かれている。

けれど、先ほどから一行も読み進められずにいた。

目を閉じると、あの日の千紘の姿が浮かんでくる。


昔と変わらぬ、静かな物腰。
 
必要以上に言葉を重ねないところも、相手の話を最後まで聞くところも、以前と少しも変わっていない。

…けれど。

綾子はそっと目を開けた。

小春の話を聞いていたときの千紘の表情が、どうしても忘れられなかった。


ほんのわずかな変化だった。

声が、いつもより柔らかくなる。
 
視線が、自然と彼女を追う。
 
そして、小春が笑うと、千紘の目元もかすかに和らぐ。

長い付き合いのある綾子だからこそ、その小さな違いに気づいてしまった。


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