君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 静寂に包まれた寝室に、柔らかな光が差し込んでいた。雨に濡れた庭木が、朝日を受けて輝いている。

 ノアは目を覚ました。腕の中に、温もりがある。栗色の髪が、シーツに散らばっている。かつて切り取られた左側も、時間をかけて伸びた。

 ノアはそっと身を起こした。眠るリリーの髪に、唇を寄せた。リリーは微かに身動ぎした。安心しきった表情で、ノアの腕の中に収まっている。

 ノアは静かに微笑んだ。

 「……愛している」

 その声に、リリーの瞼がゆっくりと開く。

 「……ノア」

 緑の瞳が、朝の光の中でノアを見上げた。ノアは彼女の頬へ手を添えた。リリーもその手に自分の手を重ねる。かつては、触れることさえ許されなかった。

 北と南。王太子と町娘。何度離れても、何度傷ついても、それでも相手を想い続けた。その一途な心だけが、二人をここまで連れてきた。

 リリーが、そっと微笑む。

 「……あの夜、あなたに出会えて、本当によかった」

 その言葉に、ノアはもう一度彼女を抱きしめた。今度こそ、離すためではない。守るために。共に生きるために。

 長い雨が終わった朝。窓の向こうには、どこまでも澄み渡った青空が広がっている。その空の下で、王太子と町娘だった二人は、肩書きも身分も越えて――

 ただ一人の愛する人として、互いの人生を選び続けていく。それが、長い歳月を越えて辿り着いた二人の愛だった。

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