きみの青春に、私もいたい。

Episode1 きみと出会った、あの放送室

春という季節は、少し苦手だ。

新しいクラス、新しい席、新しい人間関係。

みんなが当たり前のように「よろしくね」と笑い合う中、私はいつも、会話に入るタイミングを逃してしまう。

「澄花ー! また放送室?」

昼休み。

お弁当を片づけていると、親友の宮野莉子が声をかけてきた。

「うん。今日、当番だから」

「えー、せっかくいい天気なのに!」

「天気と放送委員、関係ある?」

「あるよ! 青春できないじゃん!」

「……放送室でも青春はできると思うけど」

「じゃあ、そこで運命の出会いでもしてきなよ!」

莉子は笑いながら手を振った。

……そんな漫画みたいなこと、起こるわけない。

そう思っていた。

このときまでは。

*

『続いて、お昼のリクエストコーナーです』

マイクの前に座り、いつものように原稿を読み上げる。

放送室は、私にとって唯一、落ち着ける場所だった。

顔を合わせて話すのは苦手でも、マイク越しなら不思議と言葉が出てくる。

『今日のお便りは、匿名希望の方からです』

一枚のメッセージカードを手に取った。

そこには、少し変わった文章が書かれていた。

『野球部の瀬名晴臣くんへ。

たまには、頑張らなくてもいいと思います。』

……え?

私は思わず、カードを見直した。

リクエスト曲は書かれていない。

代わりに、右下には小さな星のマーク。

……これ、読んでよかったのかな。

けれど、もう遅い。

校内中に流れてしまった。

『……以上、お昼のリクエストコーナーでした』

なんとか放送を終え、私は机に突っ伏した。

「……やっちゃった」

個人宛てのメッセージを、そのまま読んでしまった。

しかも、野球部の瀬名晴臣先輩。

名前くらいは知っている。

三年生で、野球部の中心選手。

明るくて、誰にでも優しくて、女子からも人気がある人。

……私とは、住む世界が違う。

「……まあ、会うこともないだろうし」

そう呟いた、次の瞬間。

コンコン。

放送室の扉が叩かれた。

「すみませーん!」

男子の声。

「さっきの放送した人、いますか?」

……え。

嫌な予感がした。

「……はい」

恐る恐る返事をすると、扉が開いた。

そこに立っていたのは。

少し乱れた黒髪。

制服の袖をまくった、背の高い男子生徒。

そして、誰にでも向けていそうな、眩しい笑顔。

「よかった、いた!」

……うそ。

「俺、瀬名晴臣っていうんだけど」

知ってます。

ものすごく、知ってます。

先輩は私の顔を覗き込み、にこっと笑った。

「さっきの放送、君が読んだ?」

「……はい」

「そっか!」

先輩は、少しだけ首を傾げた。

「じゃあさ、ひとつ聞いてもいい?」

「……何でしょうか」

「俺にあのメッセージ送った人って、分かる?」

……ああ。

やっぱり。

私は小さく息を吸った。

「……匿名なので、分かりません」

「そっかぁ」

先輩は残念そうに笑った。

そして、なぜか私をじっと見つめる。

「……あの」

「ん?」

「まだ、何か?」

すると先輩は、ぱっと表情を明るくした。

「いや、声!」

「……声?」

「放送で聞いたときと、全然違うなって!」

「……そうですか」

「うん! 放送だと、すっごい大人っぽいのに」

そこで一度、言葉を切る。

「実際は、なんか小動物みたい!」

「…………」

……初対面の女の子に。

小動物?

私は思わず、口を開いた。

「……先輩って、思ったこと全部口に出すタイプですか?」

「えっ」

先輩が目を丸くした。

そして次の瞬間。

「あははっ!」

放送室いっぱいに、笑い声が響いた。

「なにそれ! 面白っ!」

……いや。

全然、面白いこと言ってないんですけど。

「ねえ、名前なんていうの?」

「……小鳥遊澄花です」

「たかなし、すみかちゃん」

先輩は確かめるように繰り返した。

「覚えた!」

そう言って笑った、その顔が。

なぜだか、少しだけ眩しく見えた。

「じゃあね、澄花ちゃん!」

……え。

もう、下の名前?

先輩は軽く手を振り、放送室を出ていった。

私はしばらく、閉まった扉を見つめていた。

「……変な人」

それが、瀬名晴臣先輩への第一印象だった。

机の上には、さっきのメッセージカード。

小さな星が、一つ。

私はそれを何気なく引き出しにしまった。

この一枚が、これからの私たちを繋いでいくなんて。

まだ、知るはずもなかった。
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