きみの青春に、私もいたい。
「……で?」

翌日の昼休み。

莉子が、机に身を乗り出してきた。

「瀬名先輩が放送室に来たんでしょ!?」

「……声、大きい」

「だって! あの瀬名晴臣だよ!?」

「知ってるよ」

「何話したの!?」

私は昨日の出来事を簡単に説明した。

すると莉子は、なぜか机を叩いた。

「えーっ! 何それ、少女漫画じゃん!」

「……どこが?」

「だって、普通わざわざ放送室まで来ないでしょ!」

「メッセージの送り主を知りたかっただけだよ」

「それでも!」

莉子は楽しそうに笑う。

「澄花のこと、覚えてたりして!」

「……ないない」

あんなに人気のある人が、私のことなんて。

そう思っていたのに。

*

「……あ」

放課後。

図書室へ向かう途中、階段の踊り場で足が止まった。

廊下の向こうに、瀬名先輩がいた。

野球部の男子たちと、楽しそうに話している。

……昨日の人だ。

気づかれないうちに通り過ぎよう。

そう思って、足早に歩き出した。

「……あれ?」

嫌な予感。

「澄花ちゃん!」

……やっぱり。

廊下に響く大きな声。

周りの生徒が、一斉にこちらを向いた。

「……っ!」

先輩は友達に何かを告げると、こちらへ歩いてきた。

「昨日ぶり!」

「……こんにちは」

「何してんの?」

「図書室に行くところです」

「へえ! 本好きなんだ?」

「……まあ」

「どんなの読むの?」

「いろいろです」

「いろいろって?」

「……いろいろは、いろいろです」

「ぶはっ!」

先輩が笑い出した。

……何がおかしいんだろう。

「澄花ちゃんってさ、結構ばっさり言うよね」

「……そうですか?」

「うん。でも、なんか面白い!」

先輩は楽しそうに笑っている。

その後ろでは、野球部の男子たちがこちらを見ていた。

「……あの、先輩」

「ん?」

「ひとつお願いがあるんですけど」

「おっ、何でも言って!」

私は少しだけ声を落とした。

「……廊下で、下の名前を大声で呼ばないでもらえますか?」

「えっ」

先輩が固まった。

「……嫌だった?」

その声が、思ったより真面目で。

私は慌てて首を振った。

「嫌というか……目立つので」

「あー……そっか」

先輩は少し考えてから、頷いた。

「ごめん。気をつける!」

「……ありがとうございます」

「じゃあ、小鳥遊さん?」

「はい」

「……小鳥遊さん」

「……何ですか?」

「いや、なんか距離感じるなって!」

「初対面から二日目ですから」

「確かに!」

先輩はまた笑った。

……この人、本当に忙しい。

表情が。

*

「晴臣ー! 練習遅れるぞ!」

向こうから声が飛んできた。

「あ、やべ!」

先輩が振り返る。

「じゃあ、またね!」

「……はい」

走り出した先輩は、途中で一度だけ振り返った。

「小鳥遊さん!」

「……はい?」

今度は、さっきより小さな声。

「これくらいなら、いい?」

そう言って、いたずらっぽく笑った。

……もう。

私は小さく頷いた。

すると先輩は、満足そうに手を振って走っていった。

*

図書室に着くと、私はいつもの窓際の席に座った。

本を開く。

けれど、なかなか文字が頭に入ってこない。

……小鳥遊さん。

さっきの呼び方が、妙に耳に残っていた。

「……変なの」

別に、何でもないはずなのに。

ふと窓の外を見る。

グラウンドでは、野球部が練習を始めていた。

遠くからでも分かる、よく通る声。

「ナイスボール!」

……あ。

瀬名先輩だ。

私は数秒だけ、その姿を眺めた。

そして、慌てて本に視線を戻す。

……別に。

気になってるわけじゃない。

ただ、知っている人がいたから。

それだけ。

そう自分に言い聞かせたとき。

開いていた本のページを、一枚も読めていないことに気づいた。
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